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ぼくらはあの頃、アツかった(11)気分はまるでシェイクシェイクブギ。気になるあの妖怪に語りかけた日の事。

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 あからさまにヅラをかぶった初老の男性だったので、筆者は彼のことを密かに「ヅーラシェイカー」と呼んでいた。

 氏は筆者が知る中で、最も破壊的な勢いでドル箱をシェイクする男だった。川べりでタライを捏ねくり回す妖怪「あずき洗い」の如く、シャッカシャッカ、シャッカシャッカ。シャッカシャッカ──。そして氏のシェイキングタイムは非常に長く、1ドル箱シェイクあたりに5分ほどを掛け、それはもう入念にシャカってたものだ。親の敵の如く。もしやメダルになんか恨みでもあるのかと思うほど、鬼気迫る勢いで振る。振る。振る──。これでよしと納得してシェイクを止め、台の上にドル箱を移動し、筆者などはやれやれこれでやっとシマに平和が戻ってきたなと胸を撫で下ろした刹那、やっぱりなんか物足りなくなったのか、わざわざ箱をもう一度下げてシェイクを再開し、あまつさえ「そのまま振りながら延々とジャグラーを回し続けたり」とか、そういう奇行までをも兼ね備えておられた。攻守自在。いぶし銀のシェイク職人である。

 筆者はホールに通い初めて、そろそろ二十年選手になろうとしている。

 今までホールで出会った人びとは数れず。名前も知らない人が大半だが、中にはその後、無二の親友のようになった人もいる。勢いでバンドを組んだり、女の子を紹介してもらって付き合う事になったり。そう考えると、筆者の人生はパチスロから間接的に受けた影響が非常に強い。だからこそ、筆者はホールでの出会いを大切にしたいと常々思っている。

 なのである時、筆者は意を決して彼に──ヅーラシェイカー氏に話しかけてみる事にした。

 確かに彼は奇行が目立つ。手はメダルの粉だらけだろう。平日にスーツ姿で毎日スロってる時点で、ひとクセありそうな感じだが、話してみて、その人となりを知れば、憎めない人間かも知れない。もしかしたら、彼は意外と愛すべきキャラで、親友とまでは行かずとも……食事休憩に一緒に蕎麦でも啜りにいく関係になったりするかもしれない。

 袖触れ合うも他生の縁。

 一期一会を大切にしなければならない。なんせ人の世は、出会いに満ち、そして別れに満ちているのだから。

 筆者はその日、エレコの『ドンちゃん祭』を打っていた。3つある5スロのシマの、左奥だ。隣にはヅーラシェイカー氏がいて、こちらは山佐の『パチスロ鉄拳2nd』を打っていた。

 来るべき日だと思った。お隣同士だ。話しかける絶好の機会である。

 タイミングを図っていると、ART消化中の氏の台に『青7を狙え!』のナビが来た。揃えば激アツの上乗せ特化ゾーン『鉄拳アタック』確定である。手の動きを止めず、横目で氏の台を眺める筆者。もし当たったら会釈して「おめでとうございます」、外れたら「惜しかったっすね」。これだ。これでスムーズに話しかけることができる。

 氏はたっぷり時間をかけて青7をテンパイさせ、そして第三停止──。ねじり込むような動きでボタンを押した。盤面にはズレた青7。ハズレである。さあ今だ。筆者は小さく息を吸って、心持ち眉毛を下げ、同情的な表情を作り、そして、

「惜しかったっすね!」

 と言った。怖くない。怖くないよ。筆者味方だよ。トモダチになろう? ヅーラシェイカー氏……。

 そんな風の谷の姫様のような気持ちが通じたのか、氏はチラリとこちらを向いた。目の端で筆者を一瞥するや、ふんと鼻息を吐く。そして氏はこう言った。

「……何がだよ。惜しくねぇよ」
「え……」
「フラグで決まってんだよこんなのは」
「は、はぁ……」

 確かに惜しくない。全く惜しくない。ハズレと当たりの間には目に見えない分厚い壁がある。カスッたのカスってないのなど、パチスロのフラグの前では全く無意味なのだ。分かってる。そんなのは百も承知である。承知の上での「惜しかったっすね!」なのだ。天気の話題と同じである。会話のきっかけに過ぎない。そんなマジで返されると思っていなかった筆者は面喰らって黙るしかなかった。

「あ……いやー……。はぁ、すいません」
「例えばよー、これ押し順ナビでんじゃん? これメイン基板で小役のフラグ抽選してて、サブ基盤で液晶の演出決めててよぉ。全部レバーを叩いたタイミングで決まってんだよ。演出とか関係ねぇから」
「…………」
「小役は小役。ボーナスはボーナス。ハズレはハズレ。だからさっきの青7のナビも内部的にハズレなら──」

 筆者はもうズーラシェイカー氏の方を見ていなかった。

 目の前のドン祭りに集中する。その後20分くらい、氏は初心者向けのパチスロの内部システムの解説をドヤ顔で述べつつ、筆者が全く聞いていないことを悟るや、ムッスリと黙った。

 しばらくして、氏の台にボーナスが来た。揃えた瞬間、ドヤ顔で台の上に手を伸ばし、ドル箱を取る。下皿のメダルを箱にうつして、そしてもう一つ空き箱を重ね、シャッカシャッカ。シャッカシャッカと振り始めた。伝統芸である。ドル箱シェイク。シェイクだ。シェイクだ。シェイクシェイクブギだ。ヒッピハッピシェイクなのだ。あずき洗いの如く。細やかな、一定のリズム。狂ったように振る。振る。振る──。

 ふと、筆者は思わず口に出していた。

「それ。なんでシェイクするんですか……?」

 怪訝な顔で筆者をみる妖怪。口の端を上げ、ニヤリと笑った。邪悪だった。

 そして氏は、筆者に向けてこう言った。

「メダルが汚ねぇからだよ。なるだけ触りたくねぇだろうが」
「なッ!?」

 汚くしてんのはアンタだろう! というツッコミは野暮なので止した。その後、某区駅前のその店は閉店し、今ではゲーセンになっているという話だ。筆者も別の場所に越してしまったので、ズーラ氏の消息は不明である。

 だがきっと、彼は今でも日本どこかで楽しくメダルを振っている事だろう。

 もしかしたら、それはあなたの街かもしれない──。
(文=あしの)

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