『伝説の阪神大賞典(G2)』――ナリタブライアンVSマヤノトップガン。激突した2人の「天才」だけが知る名勝負の「真実」
新旧の年度代表馬2頭が、先頭で並走したまま4コーナーを回る。他の馬たちが無残にちぎり捨てられていく中、2頭はまだ持ったままだ。
直線に入ると田原成貴と武豊のアクションと共に、マッチレースは激しさを増してゆく。しかし、その一方で着差をまったく開かない。王者同士の意地の張り合いは、大騒ぎしていた6万人の観衆に息をのませた。
『ナリタブライアンか、マヤノトップガンか! マヤノトップガンか、ナリタブライアンか! ナリタブライアンか、マヤノトップガンか! 2頭まったく並んだ!』
互いが互いに譲らず、並んだままゴール。ほとんどどちらが勝ったのかわからない状況だったが、ゴール直後、ナリタブライアンの鞍上・武豊が小さく拳を握りしめていた。
新旧の時代を懸けた頂上決戦を制したのは、ナリタブライアンだった。
復活を遂げた王者の走りに、大歓声が注がれ阪神競馬場が揺れた。それまで幾多の名勝負を繰り広げてきた武豊も「ゴールした瞬間は鳥肌が立った」と興奮を隠せない。3着につけた着差は9馬身。最後の最後で屈したマヤノトップガンにしても、充実期を感じさせる渾身の走りだった。
まさに「伝説」と称されるに相応しいこのレースは、競馬雑誌『優駿』が取り上げた「伝説の名レース・名勝負ベスト10」で唯一、G1以外からの選出となっている。
しかし、現地に居合わせた6万人すべてのファンがレースの余韻に浸る中、実は敗れた田原成貴は冗談を交えながら、こんなことを言っている。
「もしブライアンが本調子であれば、トップガンはスタンドまで吹っ飛ばされていたよ――」
このコメントが意味するところは一つ。つまりこれだけのレースをしても、三冠馬ナリタブライアンは「完全復活」したとは言えないということだ。それに呼応するように、武豊も後日「勝つには勝ったが、あれっという感じもした。あの馬の全盛期はあんなものではなかった」とコメントを残している。
そして、そんな鞍上で戦った人間だけがわかる”真実”を証明するかのように、ナリタブライアンは続く春の天皇賞で敗戦。結局、本物の復活を遂げられないままターフを去った。
もしもナリタブライアンが本当の意味での復活を遂げていれば、一体あのレースはどうなったのだろうか。
ナリタブライアンが悲惨なほどマヤノトップガンを突き放し、格の違いを見せつけたのだろうか。それともマヤノトップガンが限界を超えて、ナリタブライアンにやはり最後の最後まで食い下がったのだろうか――。
想像は尽きないが、だからこそ20年経った今でも、1996年の阪神大賞典が多くの競馬ファンに愛されているのだろう。今年の阪神大賞典は、果たしてどんな名勝負が見られるのだろうか……そう思っている限り、競馬はやめられないのだ。