JRA「1年目3勝」の苦労人が掴んだ三冠最終章の主役。吉田隼人「負けたら僕のせいでいい」騎手人生を変えた6年前の執念とは
“意外な男”が、三冠最終章の主役を務めることになった。
先週26日に行われた菊花賞(G1)の王道トライアル・神戸新聞杯(G2)は、2番人気のステラヴェローチェ(牡3歳、栗東・須貝尚介厩舎)が勝利。皐月賞(G1)、日本ダービー(G1)で3着だった“3番手”が、牡馬クラシック最後の一冠の主役に躍り出た。
その一方で、ダービー馬シャフリヤールはまさかの4着。皐月賞馬エフフォーリアも天皇賞・秋(G1)に回ったことで、菊花賞はステラヴェローチェの1番人気が濃厚な状況だ。
中でも特筆すべきは、鞍上の吉田隼人騎手の充実ぶりだろう。
レース後には「最後はバテバテになりましたが、よくかわしてくれました」とステラヴェローチェの頑張りを讃えたが、元JRA騎手の安藤勝己氏はTwitterで「直線で馬群を割る競馬を経験させて間違いなく本番に繋がる勝ち方」と、その騎乗に称賛の声を送っている。
吉田隼騎手といえば、菊花賞の前週に行われる秋華賞(G1)で1番人気が予想されるソダシの主戦騎手としても知られている。つまり、今年の三冠最終章の主役は、C.ルメール騎手でも、福永祐一騎手でもなく、どちらも吉田隼騎手になるというわけだ。
「関東の中堅ジョッキーという印象が強かった吉田隼騎手ですが、『残りの騎手人生を考えて、後悔したくない』と2018年の秋から調教の拠点を栗東に移したことが有名です。今では関西の関係者の信頼をがっちり掴んでいますし、ソダシもステラヴェローチェも栗東の須貝厩舎ですが、吉田隼騎手の決断と努力の賜物だと思いますね」(競馬記者)
大舞台の騎乗だけでなく、現在関東2位の68勝とキャリアハイだった昨年の91勝を射程圏に捉えている吉田隼騎手。まさに充実一途といった印象だが、そんな騎手人生に大きな影響を与えた馬がいる。
「足が曲がらなくなってもいい――」
2015年の年の瀬。11月のジャパンC(G1)当日に負傷した吉田隼騎手が右膝蓋(しつがい)骨の亀裂骨折と診断されたのは、ほんの数日前だった。本人が「もう、終わりだなと思いました」と語るなど、本来ならとても騎乗できる状態ではなかったはずだが、どうしても諦めきれない一鞍があった。
それこそがゴールドアクターと挑む有馬記念(G1)だ。本番では8番人気の伏兵だったが、吉田隼騎手とのコンビで3歳秋には菊花賞で3着した素質馬。古馬になってその才能が開花し、3連勝でアルゼンチン共和国杯(G2)を制したばかりの相棒だった。
「負けたら僕のせいでいい」と不退転の覚悟で挑んだ有馬記念。最後の直線で逃げるキタサンブラックを交わして先頭に立つと、最後はサウンズオブアースとのクビ差の接戦を制して、G1初制覇を掴んだ。
その後も、古馬王道路線を走り続けたゴールドアクターとのコンビは、中堅に甘んじていた吉田隼騎手にとって貴重な経験の連続であり「いろいろなことを教えてくれる馬」と「先生」と呼び続けるほど心酔していたという。
しかし、2017年春の日経賞(G2)で単勝1.5倍を裏切ってしまう敗戦を喫すると、ついに夢のような時間に終焉が訪れた。ゴールドアクターはその後、横山典弘騎手や武豊騎手といった一流ジョッキーとコンビを組むようになったのだ。吉田隼騎手が“関西移籍”を決断するのは、それから約1年半後である。
「前哨戦を勝ってくれたので、次はどんな馬が来ても『やってやる』という感じで挑みたい」
先週の神戸新聞杯のレース後、そう菊花賞への意気込みを語った吉田隼騎手にとって、もうG1はプレッシャーに飲まれる舞台ではない。川田将雅騎手や藤岡佑介騎手の同期としてデビューした2004年はわずか3勝に終わった苦労人が17年後、いよいよ競馬界の中心に立とうとしている。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
オペックホースが日本ダービーを勝った1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)
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