
JRA「自分は1回、潰れかけたジョッキー」年間0勝…どん底のハンデ職人を救った名オーナーが他界。明かされた珍冠名「ニホンピロ」の謎

2006年12月。酒井学騎手は「どん底」にいた。
シーズンも残すところ、あと1か月に迫った年の瀬。ジャパンCや有馬記念と秋のG1開催もたけなわとなる中、酒井騎手はまだ今年の初勝利が遠い状況。つまりは0勝で1年を終えようとしていた。
池添謙一騎手の同期として1998年にデビュー。ルーキーイヤーこそ25勝を挙げる順調なスタートを切ったが、翌年に13勝と勝ち星が半減すると、2001年からは7勝、5勝、3勝、3勝、3勝……。典型的な若くしてムチを置かざるを得ない若手ジョッキーの姿であり、騎手9年目を迎えていた酒井騎手の脳裏にも「引退」の二文字があったに違いない。
しかし、そんなどん底ジョッキーに、その年唯一の白星をプレゼントしてくれたのが、ニホンピロコナユキという馬だった。
当時、改修工事を終えたばかりの阪神競馬場で行われた12月16日。お世話になっていた服部利之厩舎の管理馬だった。“朝イチ”の2歳未勝利戦を1つ勝ったというだけなのに、周囲の仲間が重賞を勝ったかのように祝福してくれたという。
まさに首の皮一枚つながった酒井騎手だが、その勝利をきっかけに生まれたのが「ニホンピロ」つまりは小林百太郎オーナーとの信頼関係だった。
その後、酒井騎手は「ニホンピロ」御用達のジョッキーになると、翌年8勝を挙げて盛り返し、次の年からは二けた勝利を挙げるまで復活。2010年にニホンピロレガーロで小倉記念(G3)を勝つと、その2年後にはニホンピロアワーズとのコンビでジャパンCダート(G1、現チャンピオンズC)を勝利し、G1初制覇を達成した。
「(自分は)1回、潰れかけたジョッキーでした」
ジャパンCダートの勝利騎手インタビューで、どん底にいた2006年をそう振り返っている酒井騎手。ニホンピロ軍団といえば、今でもタイキシャトルやモーリスと並んで最強マイラーに挙げられるニホンピロウイナーが有名だが、小林オーナーにとってもそれ以来のG1制覇だった。
「返しても返しきれない恩。オーナーから『いっしょに大きいところを獲ろう』と声をかけてくださって、そんなオーナーの馬と一緒に歩んできて、G1を勝てたんですから……」
あの復活劇から10年。酒井騎手はまだトップジョッキーとは言えないかもしれないが、昨年も京都牝馬S(G3)を勝つなどいぶし銀の存在感を発揮している。
重賞初制覇となった2001年のカブトヤマ記念(G3)を25年ぶりに48kgという軽量で勝利したことが話題になったが、騎手25年目、42歳のベテランにして51kgを乗りこなすなどハンデ戦の勝負強さは健在。「ハンデ職人」として多くのファンに親しまれている。
先月27日、そんな酒井騎手をどん底から救った小林オーナーが他界した。
あまり知られていないが「ニホンピロ」という一風変わった冠名は、自社の旧名から採ったようだ。紛れもなく長きにわたり競馬史を彩った名馬主だが、馬だけでなく「人」にも優しい人物だった。ニホンピロの勝負服は息子の英一氏が引き継ぐという。どうか安らかに。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
オペックホースが日本ダービーを勝った1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)
PICK UP
Ranking
17:30更新「最強マイラー」に降りかかった予想外の火の粉…「名義貸し」の発覚したオーナーは馬主資格をはく奪、不運の名馬トロットサンダー【競馬クロニクル 第41回】
JRA宝塚記念(G1)横山典弘「息子愛」でタイトルホルダー救った!? 好アシストに陣営からも感謝の声、横山和生が「最大のピンチ」を脱した裏側
浜中俊「哀愁」の1年。かつての相棒ソウルラッシュ、ナムラクレアが乗り替わりで結果…2025年「希望の光」は世代屈指の快速馬か
- 武豊「スキャンダル」「ケガ」など揺れに揺れた2017年。弟・幸四郎騎手「引退」から小浦愛「不倫疑惑」、そしてキタサンブラック「大団円」までをプレイバック!
- 「シャフリヤールの激走はわかっていた」本物だけが知る有馬記念裏事情。そして“金杯”で再現される波乱の結末とは?
- JRA今村聖奈「大ブレイク」の陰で悲痛な叫び。「何のために騎手になったのか」乗鞍激減、レース開催日に”お留守番”続出
- 皐月賞(G1)クロワデュノール「1強」に待った!? 「強さが証明された」川田将雅も絶賛した3戦3勝馬
- 「3大始祖」消滅の危機……日本で「2頭」世界で「0.4%」の血を残すべく立ち上がったカタール王族の「行動」に称賛
- 有馬記念に続き東京大賞典も「記憶力」が決め手…最強フォーエバーヤングから絞りに絞った2点で勝負!
- JRAイチの「豪快王」小島太列伝。愛人、酒席トラブルあっても名騎手、名調教師の生き様に曇りなし
関連記事
JRA桜花賞(G1)「ヴィブロスみたい」福永祐一も絶賛の大器! 前走重賞勝ちも「ラスールが出てれば勝ってた」覆したい安藤勝己氏の低評価
JRAデアリングタクト世代「52戦0勝」の衝撃…日本最高・種付料1800万円エピファネイア「バブル」崩壊で、エフフォーリア復活にも暗雲
JRAゴールドシップ&タマモクロスで「阪神競馬場◎」!? 桜花賞(G1)ではなくオークス(G1)へ「元気娘」が出世レースで“切符”を狙う
JRA「しばらく顔も見ていない」武豊×幸四郎兄弟の“疎遠”露呈!? 桜花賞(G1)ウォーターナビレラで今年「絶不調」弟を救えるか
JRA桜花賞(G1)「サークルオブライフと双璧」安藤勝己氏も絶賛! プレサージュリフトに引けを取らない素質馬が絶好調男を背に勝負駆け⁉