JRA川田将雅「屈辱」の3番人気から10年。「1番人気にならなかったのは、岩田さんじゃないから」反抗の5馬身圧勝劇と、全国の競馬ファンに「名手・川田」を印象付けた日
4日、今春の桜花賞(G1)を制したスターズオンアース(牝3歳、美浦・高柳瑞樹厩舎)が、C.ルメール騎手との新コンビでオークス(G1)へ挑むことが発表された。本馬が所属する社台サラブレッドクラブの公式ホームページで発表された。
桜花賞を制した際の鞍上・川田将雅騎手が別の馬に騎乗するためとのことだが、正式な発表こそまだないものの、おそらく忘れな草賞(L)を勝ったアートハウス(牝3歳、栗東・中内田充正厩舎)に騎乗するためだろう。
アートハウスを管理する中内田調教師と川田騎手は昵懇の仲として有名で、本馬の母パールコードの主戦も川田騎手が務めた。2016年の秋華賞(G1)では、半馬身差の2着と悔し涙を飲んだ過去もあるため、義を重んじる川田騎手の選択は、多くのファンにとってもそれほど驚きではないはずだ。
しかし、牝馬クラシック第1冠目となる桜花賞を勝利しながらも、第2冠目のオークスで鞍上が替わるというのは、なかなかの異例である。ちなみに過去5年間では1度もなく、2019年のグランアレグリアのように、オークスに進まなかったとしても乗り替わった例はない。
だが、過去10年まで遡ると2例存在する。
G1・7勝三冠牝馬の背に、若き日の「代打」川田騎手
2013年の桜花賞を勝ったアユサンは、次走のオークスで丸山元気騎手に乗り替わっているが、これは短期免許で来日していたC.デムーロ騎手が帰国したためだった。
残りのもう1例が2012年のジェンティルドンナだが、本馬は「異なる騎手で三冠を達成」という極めて珍しい記録の持ち主である。
「能力の高い馬ですしね。一流ジョッキーだし、普通に回って来れれば結果もついてくると思う」
2012年の5月。ジェンティルドンナを管理する石坂正調教師ら陣営が、桜花賞馬の乗り替わりを発表した。つい先日のNHKマイルC(G1)で主戦の岩田康誠騎手が騎乗停止になったためだ。急遽のピンチヒッターとして白羽の矢が立ったのが、若き日の川田騎手だった。
今でこそ、押しも押されもせぬ大騎手に成長した川田騎手だが、当時は前年にキャリア初の100勝超えを達成し、いよいよトップジョッキーの仲間入りを果たそうとしているところだった。
ちなみに当時ここまでのG1勝利は、2008年の皐月賞(キャプテントゥーレ、7番人気)、2010年の菊花賞(ビッグウィーク、7番人気)と共に伏兵での勝利である。前年の重賞勝利はわずか3勝であり、G1騎乗は13鞍あったが10鞍が2桁人気。有力な騎手が空いていなかった事情もあるが、「抜擢」といえる乗り替わりだった。
その結果、2番人気で桜花賞を勝ったジェンティルドンナは、オークスで3番人気とさらに評価を落とすことに……。2番人気には、桜花賞で半馬身差の2着に敗れながらも、4番人気から評価を上げたヴィルシーナ。1番人気には、フローラS(G2)を2馬身半差で快勝したミッドサマーフェアが支持された。
「1番人気にならなかったのは、岩田さんからの乗り替わりが心配されたからだと思う」
レース後、そう自虐的に分析したのは川田騎手本人だ。だが、思えば「川田将雅」が一流の騎手であることを全国の競馬ファンに印象付けたのは、このオークスだったのかもしれない。
本人のコメント通り、当時の川田騎手の経験不足をどれだけ多くのファンが不安視していたのかは、人気を見れば明らかだろう。しかし、川田騎手とジェンティルドンナは大方の予想を裏切って、このレースで5馬身差の圧勝劇を演じたのだ。
ちなみにこれは、今でもグレード制導入以降のオークスの最大着差である。次が三冠牝馬メジロラモーヌらの2馬身半差なのだから、如何に川田騎手とジェンティルドンナが際立った走りを見せたのかがわかるだろう。
後のジェンティルドンナの戦績を知っていれば、この圧勝劇も想像の範疇かもしれない。だが、後にG1を7勝(海外含む)して殿堂入りするなど知る由もない当時のファンからすれば、ただただ本馬の怪物ぶり、そして代役を見事こなすだけでなく、これだけの圧勝劇を生んだ川田騎手の実力が強烈な印象として残っているはずだ。
「強い馬に乗せていただいて、結果を出すことができてよかったです。抜け出すのが早かったかなと思いましたが、最後までしっかりと走ってくれて、本当に強い競馬をしてくれました。三冠につながる切符を取ることができて、ホッとしています」
そんな初々しいコメントから10年。現在リーディングトップをひた走っている川田騎手は、奇しくも今度は自身がエスコートした桜花賞馬を別の騎手に譲る形となった。
それも騎乗するのは“眠れるリーディングジョッキー”ルメール騎手だ。
現在こそ川田騎手に20勝差をつけられ、JRAの重賞未勝利と苦しんでいるルメール騎手だが、その手腕は誰もが認めるNo.1。毎年リーディングを争っている最大のライバルに“塩”を送られたことがきっかけで“お目覚め”となってもおかしくはない。
今年のオークスは、レースはもちろん、その背景にある人間模様にも大いに注目して楽しみたい。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)
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