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ぼくらはあの頃、アツかった(4) 増える家族に戸惑いつつもSMパチンコを黙々と打つ

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 筆者の人生の中で衝撃的だった事件のトップテンを挙げるとすると、恐らく六番手くらいに「母がいつの間にか知らんオッサンと再婚してた事」が来ると思う。

 これがもう少し若い──例えば中学とか高校だったら間違いなくトップの衝撃度だったと思うのだけれど、実際筆者がそれを知ったのは二十歳を少し過ぎた辺りだったので、格好つけた「大人の余裕」というものが精神を保護するクッションの役割を果たしてくれたらしく、そこまでガッツリとダメージを受ける事はなかった。

 筆者は家庭の事情で東京と九州を行ったり来たりする幼少期を──ある時は長崎で数年間を過ごし、またある時は東京で数ヶ月を過ごし──大半は九州で過ごしながら時折帰郷、あるいは上京するという、なかなかどうして面倒な二重生活を、結構長い期間余儀なくされていた。

 流石に高校を出た辺りで親の庇護を受ける必要もなくなり、以降は自分の意志で行ったり来たりしているけども、ある時、数年ぶりに東京にいる家族に会いに行くと、そこには別の姓に変わった母と、それから兄が居た。今思うとあれはなかなかパンチの効いた経験だったと思う。

「あのなぁシロ」

 見覚えのない姓が掘られた表札を前に、兄は言った。

 兄はそもそも筆者と十も年が離れており父親が違う。二人目の旦那の子が筆者で、つまりは異父兄弟なのだ。今でこそかなり仲良くなっているが、当時はどうにも馴染めず、彼よりも田舎にいる親戚の叔母の子の方がよっぽど兄らしいと思っていた。

 彼の言うシロとは筆者の事である。幼少期からのアダ名だ。

 いいかシロ、良く聞けよ、と前置きしてから、彼は少し唇を舐めた。そうして、オフクロが再婚したんだ。俺と、お前の父ちゃんに続く、三人目の旦那さんが出来たんだよ。というのを、下北沢の分譲マンションのドアの前にて唐突に説明してきたのである。

 その時筆者が思ったのは「まあそれはいいけども、このタイミングでそれはねぇだろう」という事だった。

 なんせドアを開けたら数年ぶりに逢う母がいる。そしてその横には恐らく、その母の為に生活費を稼ぐ見知らぬオッサンが居るのだ。邂逅まで一分以内である。いや三十秒か、もしかしたらもっと短い猶予を経て、その三人目の旦那さんと顔を合わせる羽目になるのだ。これはさすがに腹が立った。

──マジかよ。早く言えよ。知ってたらホテルでも取ってたのに。

 兄に告げた言葉はそれだった。要するに、腹が決まってなかったのである。衝撃はそれなりにあったが、よろめくほどではない。ただ、面倒だな。と思った。二十歳を超えて、肉親にまつわる、そういう生臭い話を聞く事になるとは思っても見なかったので、嫌悪感よりも怠さが勝った。

 いいか? と言いながら兄が苦笑して扉を開けると、母よりも先に胡麻塩ヒゲのオッサンが目に入った。トランクス一丁である。完全に家主だった。うへぇ。たまらんなこれはと思った。そのまま回れ右して帰りたかったが、兄に背を押されるようにして三和土で靴を脱ぎ、ペコリとお辞儀をした。

 それから何をしたかはぼんやりとしか覚えていないが、お互い自己紹介をしつつ、缶ビールを飲みながらすき焼きを食べたように思う。二年か三年ぶりに逢う母は髪の毛を短くカットしていた。兄はヘヴィーメタル丸出しのシルバーアクセサリーを身にまとったロン毛の三十路で、筆者はヴィジュアル系大好きですみたいな金髪に耳も千切れよと言わんばかりの極太ボディピアスをしていた。

 全員、今よりもずっと若かった。テレビでは「お笑いウルトラクイズ」をやっていたように思う。母だけが楽しそうに笑っていた。筆者も、兄も、知らんオッサンも殆ど喋らず、母が振るネタに、頷いたり、短く答えたりするだけだった。

 ただ、黙々と、味の分からないすき焼きを食べ──、そうしてやっぱり面倒臭くなったので、筆者は箸を置いて、立ち上がった。

 ちょっと出てくる、というと、母は少し困惑した顔になった。オッサンは「うん。散歩してくるといい」と言っていた。兄貴はまだすき焼きを食べていた。

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 夜と言うには早いし、夕刻と言うには遅い、夏の時間だった。

 手持ち無沙汰でしばらく下北沢の街を散策していると、ケータイに着信があった。兄からだ。舌打ちして応答すると、どうやら彼も外に出たらしい。何処に居るんだよ、と言われたので、周りを見渡し「北口商店街にいる」と答えた。耳に当てた受話口からは、靴音と共に、こんなセリフが返ってきた。

──シロ、兄ちゃん小遣いやるから、一緒にパチンコいこう。

なぜにこの台を

 商店街の入り口で合流した我々は、すぐ近所にある寂れたパチンコ屋へと足を運んだ。

 無言だった。当時筆者はすっかりスロッターに転向済みだったので、取り敢えず何も言わずにそちらのコーナーへと向かったが、兄に呼び止められた。見ると二つ並んで空いているパチンコ台をアゴで指し示している。

 近づいて眺める。打ったことが無い台だった。どうやら奥村の『クールビューティ』という機種らしい。パチンコはちょっと……という筆者に、兄は首を振った。いいや。これがいい。これを打とう、と。そこまで言うのならと並んで座って、尻のポケットから財布を取り出すと、兄がそれより早く万券を差し出してきた。何も言わずに受け取り、サンドに入れる。無言で打ち始める。

 思えば、肉親と連れ打ちするのはこれが初めてだった。横目でちらりと隣を見ると、兄が悠然とした、いかにも打ち慣れていますと言わんばかりの姿勢でハンドルを握っていた。

 筆者もそれに倣って──脱力して。ぼんやりとハンドルを握った。

 流れる玉。釘に弾かれ、あちらへ、こちらへ。あるものは溢れ。あるものは擦り抜け。無軌道に、無秩序に。無意味に、無感動に。

 まるで人生のようだった。

「これ当たったな」

 不意に兄が言った。

coolbeauty.jpgクールビューティ

 絵柄はまだ回転中である。なんだろう。オカルトだろうか、と良くわからない顔をすると、画面に目を向けたまま、兄が何がしか説明をはじめた。曰く、この台はものすごく奥が深い演出パターンを搭載していて、極めると絵柄の停止前に当たるかどうかある程度分かるのだと。ドヤ顔で語るその言葉に乗せられるように、彼の台はそのままスーパーリーチまで進んだ。

 思わず画面を覗き込む。コミカルな絵のハゲたオッサンが、部下らしい肉感的なOLを相手に、数々のセクハラを繰り広げていた。尻を触り、抱きついたり、乳を揉んだり。

 その後、怒りに震えるOLが炎に包まれるや、セクハラのお仕置きに、ハゲたオッサンをムチでしばいたりローソクの火で炙ったりしはじめ、そしてなんか色々あって絵柄が揃った。当たりである。

 そう。『クールビューティ』はそういう台だった。

「あのさ、いつもこれ打ってんの?」
「ああ。打ち込んでるね」
「……面白いのか?」
「上司がムチで叩かれる前に『なんだチミは!』って言うのがウケる」
「そうか……」

 タバコに火を点けながら、大当たりを消化する兄。見たか弟よ。お兄ちゃんは凄いんだぞとその横顔が語っていたが、筆者は思わず唸った。

 母ちゃんが再婚したと聞かされた一時間後に、兄弟並んでパチンコである。しかもちょっとエッチなやつだ。おまけに兄が大当たりを予告して実際にブチ当て、ふんぞり返ってドヤっている。

 三十路である。そしてロン毛だ。一目見て絶対普通の仕事してないと分かる。手前も金髪であるのを棚に上げ筆者はなんともやりきれない気分で兄の様子を見ていたが、次に彼が筆者の台を指さし、こう言ったので、それまでのアンニュイな気分も何処へやら、ちょっと楽しくなってしまった。

 お。シロ、それ当たるぞ。
 
──その日は勝ったお金で、二人して飲み明かした。

 六軒くらいハシゴしたらしい。ぼんやり、楽しかったのを覚えている。

 明け方である。グラスを傾けながら唐突に、兄が「お前、おじさんになるぞ」という予告をした。突然で、最初は意味がわからなかった。ようやっと意味が染みてきて、筆者は無言でその肩を叩いて、おめでとう、と言った。

 翌年。兄の予告通り、苗字は違えど血の繋がった家族が一人増え、いまやすっかり成長し、たまの休みに逢う度に、この叔父さんに「ねえ! にーにー! 肩パンチしていい?」と聞いてくる。
(文=あしの)

【あしの】都内在住、36歳。あるときはパチスロライター。ある時は会社員。この春から外資系の営業マン。ブログ「5スロで稼げるか?」(http://5suro.com/blog/)の中の人。

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