「足が曲がらなくなってもいい」 有馬記念優勝・吉田隼人騎手、実は骨折していた……今こそ語れる”運命と決意”

『ゴールドはゴールドでも”シップ”ではなく”アクター”だ!』
年の瀬の中山競馬場、8番人気ゴールドアクターの勝利という劇的な幕切れに終わった第60回の有馬記念。優勝騎手インタビューを受けている男のやや緊張した面持ちを一体、何人の競馬ファンが知っていただろうか。
「お客さんも入っていたし、レース前は楽しく乗ろうと思った。初めてのG1(勝ち)で実感はわかないが、G1ジョッキーになりたくて、この道を選んだのでとても良かった。くじけなければ、いいこともあるのですね」
デビュー12年目で掴んだ初の栄冠。ゴールドアクターの主戦・吉田隼人(はやと)のここまでの道のりは、その言葉が示す通り決して平坦なものではなかった。
G1・9勝の実績を誇る関東の名手・吉田豊の弟として隼人がデビューしたのは2004年。1年目はわずか3勝に終わったが、そこから2年目には23勝、3年目には60勝とともに初の重賞勝利を挙げるなど、一躍関東の若手有望株となった。
ただ、2007年の73勝(リーディング11位)を境に成績が頭打ちとなってしまう。続いていた重賞制覇も2009年で途切れてしまい、吉田隼人の評価は若手有望株から中堅、いや、”中の下”という評価にとどまり、徐々に競馬ファンの印象からも薄れていった。
厳しい勝負の世界で、同期デビューの川田将雅や藤岡佑介が次々とG1ジョッキーとなっていく中、吉田隼人はG1に勝つどころか、大レースに乗ることすらなかなかできない日々が続いた。それどころか、一昨年の11月には女性問題を巡って知人に暴力を振るったことが発覚。1カ月間の騎乗停止という重い罰が課せられることとなった。
しかし、騎手をやめようとさえ思うほどの”どん底”の中で吉田隼人の心に支えになっていたのが、自身の手綱で菊花賞(G1)3着と、世代トップクラスの能力を秘めた若駒・ゴールドアクターの存在だった。
ゴールドアクターが産まれた北海道新冠町の北勝ファームの現役馬は、全体でも20頭程度。それもほとんどがJRAではない地方競馬の競走馬で、JRAのG1どころか重賞に出走することさえ数年に一度あるかないかという典型的な中小牧場だ。
そんな北勝ファームで、障害レースながらJRAのオープン特別を勝った実績のあるヘイロンシンは期待の繁殖牝馬。そのヘイロンシンに当時、新種牡馬だったスクリーンヒーローを付けて産まれたのがゴールドアクターだった。
ちなみに日本を代表する種牡馬ディープインパクトの種付け料3000万円に対し、当時のスクリーンヒーローの種付け料は80万円。億単位の金が飛び交う馬産の世界では、大変リーズナブルといえるだろうが、中小牧場にとっての80万円は決して安い買い物ではない。
だからこそ、北勝ファームの大きな期待を背負っていたゴールドアクター。ただ、母ヘイロンシンの父、つまりはゴールドアクターの母父のキョウワアリシバはJRAでまったく成功を収められなかった血筋。JRAの全競走馬の中でも、母の父がキョウワアリシバというのはゴールドアクター1頭だけという有様だった。
言葉が悪いかもしれないが、日本が世界に誇る一大馬産業・社台グループを中心に回る中央競馬で、”脇役”の中小牧場の大きな期待など、まさに”ちり”のようなもの……2013年の11月に、蛯名正義を鞍上にデビュー戦を迎えた2歳のゴールドアクターは、出走16頭中11番人気という低評価のまま7着に敗れた。
しかし、秘めた能力を出し切れないままでいた3歳の夏にゴールドアクターは、吉田隼人との運命の出会いを果たす。その後、条件戦で連勝を飾り、秋には菊花賞(G1)に出走。息の合ったコンビは7番人気ながら3着に好走した。
そのまま約半年の休養を挟み、迎えた2015年。ゴールドアクターを完全に手の内に入れた吉田隼人はオクトーバーSなどの条件戦を連勝し、ついにはアルゼンチン共和国杯(G2)を勝利。繋養繁殖牝馬10頭、今年生まれた仔馬も4頭しかいない北勝ファームに、初の重賞タイトルを届けた。
そして、この頃からゴールドアクターに全国の競馬ファンから”熱い視線”が集まり始める。何故なら、ゴールドアクターの父スクリーンヒーローも条件戦のオクトーバーSからアルゼンチン共和国杯で重賞初制覇を飾り、その勢いでジャパンカップ(G1)を制したからだ。
つまりはゴールドアクターもまた、父スクリーンヒーローのようにアルゼンチン共和国杯の勝利を機に、一気にG1制覇まで登りつめるのではないか……その事実は当然ながら吉田隼人も十分承知で「ジャパンカップへ行きたい気持ちはあります」と力強く語っていた。
しかし、ゴールドアクターの体調が合わなかったことで、陣営はジャパンカップを回避。その矛先は、年末の有馬記念に向いた。父スクリーンヒーローの軌跡を再現することはできなくなったが、ここでまたも運命の歯車が大きく揺らぐ。
ジャパンカップの開催当日、吉田隼人が他馬に足を蹴られ、右膝蓋(しつがい)骨の亀裂骨折と診断されたのだ。
「もう、終わりだなと思いました」
未だ右足に違和感の残っている吉田隼人はその時、率直にそう思ったという。
しかし、「あの馬は僕が一番うまく乗れる」という信念の下に「負けたら僕のせいでいい。足が曲がらなくなってもいい」と騎手生命を懸ける思いで、ゴールドアクターの騎乗を懇願した。
「信用してくれたオーナーと先生には本当に感謝しています。今は外国や地方から、騎手がやってきます。生え抜きの中堅である僕には、なかなかチャンスが回ってこない。でも、このままじゃ終われないと思っていた。今後もこのコンビで、競馬にロマンがあることを伝えたい。地味なコンビですけど、応援していただけたらうれしいです」
ディープインパクトと社台グループばかりが”勝ち組”となる昨今の日本競馬界で、たまには”脇役”が勝ってもいいじゃないか――そこには競馬でしか味わえないロマンがあり、夢がある。寒空の下、そんな思いがした有馬記念だった。
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