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JRA歴史から抹消された「幻」の菊花賞……“ダービー馬”が二冠達成も、前代未聞の全馬コース間違えでレース不成立

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 今年で第82回を数える菊花賞(G1)。第1回は1938年、今から83年も前に「京都農林省賞典四歳呼馬」というレース名で開催された。

 その6年前の1932年には、現在まで続く日本ダービー(G1)の前身にあたる「東京優駿大競走」がスタート。前後する39年には、後の皐月賞(G1)となる「横浜農林省賞典四歳呼馬」が開催。日本が敗戦した45年だけは、さすがに全てのレースが中止となったものの、今日まで続くクラシック体系は90年近い大昔から、歴史と伝統を積み重ねている。

 ところが菊花賞の歴史を注意深く遡ると、敗戦する前年の1944年も優勝馬が記されておらず、レース記録すら残っていないことに気づく。さらに本来であれば「第7回」の菊花賞となるはずだが、回数もカウントされていないのだ。

 その理由はなんと、レースそのものが不成立になったからだという。1944年12月8日、間違いなく京都競馬場で行われたはずだが、記録からは“抹消”されているのだ。

 当時、前年まで1周目は内回りコースを、2周目は外回りコースを走るレースだった。ところがこの年はスタート地点が変更された関係で、1・2周目ともに内回りコースを使用。しかし、騎手への伝達が不完全なままスタートが切られた結果、全ての馬が外回りコースを2周走ってゴール。

 前年のタイムよりも大幅に遅かったため、不審に思った関係者が騎手たちに話を聞いたところ、まさかのコース間違いが発覚。一度はレース確定したが、翌年の1月にレース不成立の裁定が下されたというから驚きだ。

 今の時代であれば、大騒ぎになったはずの「幻の菊花賞」。しかし当時は、戦時下の真っ只中で、今でいう「無観客競馬」でレースは行われていた。次第に激化する戦争の影響から、競馬開催もままならず。戦場へ徴兵される騎手も多く、競馬場も軍事目的で使用されていた。当然ながら馬券は発売せず、馬の改良だけを目的として、レースはいわゆる「能力検定競走」として行われていたのだ。

 スタンドには、軍人と競馬関係者がいるだけの物寂しい菊花賞を制したのは、カイソウという馬。同馬はその年のダービーにあたる能力検定競走も5馬身差で圧勝しており、現代でいうダービーと菊花賞を制した「二冠馬」だった。

 ところがその2週間後に行われた「一級種牡馬選定競走」に出走したカイソウは、菊花賞の激走の反動からか、15頭中12着に敗れてしまう。この競走はその名の通り、種牡馬としての能力を比べるためのレース。そこで敗れた同馬は、種牡馬としての引き合いのないまま、このレースを最後に競走馬から引退したのだった。

 クラシック路線で大活躍して「二冠馬」に輝いたカイソウ。今の時代なら、現役引退後は種牡馬として馬産地に凱旋して、悠々自適な余生が約束されていたはず。ところが種牡馬選定競走の結果が運命の分かれ道となり、引退後は軍馬として引き取られた。

 その後は一層、激しさを増す戦火のなかでカイソウの消息は不明に。おそらく戦火に飲み込まれて息を引き取ったのか。「二冠馬」の末路は、今では考えられない残念な最後となってしまった。

 産まれた時代が悪かった……。クラシック最後の関門・菊花賞を迎える度に、悲運の名馬カイソウを思い出して、その名を後生に伝えていくべきだろう。

参考文献:『Number PLUS(ナンバー・プラス)』20世紀スポーツ最強伝説4(文藝春秋社)

(文=鈴木TKO)

<著者プロフィール> 野球と競馬を主戦場とする“二刀流”ライター。野球選手は言葉を話すが、馬は話せない点に興味を持ち、競馬界に殴り込み。野球にも競馬にも当てはまる「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」を座右の銘に、人間は「競馬」で何をどこまで表現できるか追求する。

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