皐月賞→NHKマイルC→日本ダービー「マツクニローテ」は本当に“悪”だったのか。武豊とタニノギムレットの悲劇から20年、「変則三冠」という死語について考える
かつて競馬界には「変則三冠」という言葉があった。
この言葉の“主役”は独創的なローテーションと、スパルタ調教で知られた名伯楽・松田国英元調教師であり、「マツクニローテ」と言われればピンとくる競馬ファンも多いかもしれない(ただし、一般的にマツクニローテはNHKマイルC→日本ダービーを指す)。
皐月賞(G1)からNHKマイルC(G1)、そして日本ダービー(G1)へと続く過酷なローテーション。ゆえに、批判的な見解を持ったファンや識者も少なくはない。
中2週でG1を3連戦。外厩が発達し、レース間隔の長期化が進む昨今の日本競馬では考えられないローテーションだ。時代に逆行した使い方であり、「変則三冠」という言葉が死語になるのも至極当然だろう。
ただし、これが「悪」とされ、誰も真似しなくなったのは、1頭の競走馬の影響が極めて大きい。
今からちょうど20年前に変則三冠ローテを敢行し、ダービー馬に輝いたタニノギムレットだ。手掛けたのは無論、松田国調教師である。
変則三冠ローテを駆け抜けたタニノギムレット
64年ぶりに牝馬で日本ダービー制覇を成し遂げたウオッカの父としても知られるタニノギムレットは、2002年のクラシックのまさに主役だった。皐月賞までに重賞を3連勝し、大本命としてクラシック開幕を迎えたが、主戦の武豊騎手が負傷した影響で四位洋文騎手(現調教師)が代打を務めた。
結果は3着。だが、レースは四位騎手が安全に乗り過ぎたこともあって4コーナーで大外を回り、上がり3ハロン最速で追い上げたものの脚を余すという「負けてなお強し」という競馬。陣営が次戦に選んだのはクラシック第2戦の日本ダービーではなく、NHKマイルCだった。
主戦の武豊騎手が復帰したこともあって、単勝1.5倍の大本命に推されたタニノギムレット。不完全燃焼に終わった皐月賞のリベンジが期待されたが、最後の直線で進路をカットされる痛恨の不利を受けてまたも3着。それも審議対象馬が1位入線のテレグノシスということもあって、レース後の審議は約20分に及んだ。
ただ、仮にもしテレグノシスが失格・降着になったとしても、繰り上がり優勝は被害馬のタニノギムレットではなく、2位入線のアグネスソニックである。タニノギムレット陣営としては、なんともやりきれない状況だったが審議の結果、入線順位は変わらず。再び、不完全燃焼となった悔しさを胸に、陣営は日本ダービーへ舵を切った。
「今夜は、ギムレットで乾杯してください」
レース後、勝利騎手インタビューの武豊騎手の晴れやかな表情は、ただ日本ダービーを勝ったということだけが理由ではないだろう。後に、この年の年度代表馬となるシンボリクリスエスを豪快に差し切った内容は、まさに陣営が望んでいた完全燃焼。世代No.1を改めて印象付ける走りだった。
その後、秋シーズンに向け休養に入ったタニノギムレットだが、左前浅屈腱炎を発症してそのまま引退。その際に、皐月賞→NHKマイルC→日本ダービーという過酷なローテの影響が取り沙汰されたのは言うまでもない。
これが後に変則三冠が「悪」と評される最大のポイントである。逆に言えば、もしタニノギムレットというただ1頭の象徴が、無事に3歳秋を過ごしていれば、現在の印象はまったく異なったものになっていたはずだ。
しかし、本件について陣頭指揮を執っていた松田国調教師に必要以上の責を求めるのは、少々お門違いな気もする。如何に調教師が進言しようとも、ローテーションの最終的な決定権は馬主にあるからだ。
タニノギムレットにより、先代・谷水信夫オーナーのタニノムーティエ以来、32年ぶりのダービー制覇の美酒に酔うこととなった谷水雄三オーナーだが、タニノムーティエもまた皐月賞→NHK杯(NHKマイルCの前身)→日本ダービーという過酷なローテを歩んだ馬だった。
ちなみにタニノムーティエは3歳年明けから、きさらぎ賞→弥生賞→スプリングS→皐月賞→NHK杯→日本ダービーという、今では考えられないローテを歩んでいる。一方のタニノギムレットもまた変則三冠の前にシンザン記念→アーリントンC→スプリングSと、大先輩同様に3戦をこなしていた。
仮にタニノギムレットが故障した原因をローテと考えるなら、少なくとも変則三冠だけでなく、日本ダービーまでの上半期6走全体で考えるべきだろう。単純に変則三冠だけ取り上げて欠陥とするのは、そういった点で少々思慮が足りないのではないだろうか。
また、タニノギムレットの故障が発覚したのは、日本ダービー制覇後に夏の放牧を終え、8月末に帰厩して調教を行っていた最中である。レース中やレース直後ならまだしも、これだけ期間が空き、さらに休養を終えた状況での故障を春のローテと結びつけるのは、少々無理がある気がするのは筆者だけではないだろう。
さらに単純に「6週でG1を3連戦する」という意味では、3歳牝馬が秋に歩む秋華賞(G1)→エリザベス女王杯(G1)→ジャパンC(G1)が挙げられる。
無論、こちらも実際に歩んだ馬は少数だが、2006年にフサイチパンドラが挑戦し、3着→1着→5着という立派な成績を残した(エリザベス女王杯は2位入線からの繰り上がり優勝)。
この際、当時のファンからローテの過酷さを訴える声はほぼなかった上に、フサイチパンドラはその後に休養に入ったが翌年2月に復帰。以降も元気に走り続けている。引退後に繁殖牝馬として、7冠馬アーモンドアイを輩出したことは、多くの競馬ファンが知るところだろう。
また、今週末のケンタッキーダービー(G1)に日本のクラウンプライドが出走することで注目を集めている米国三冠は、プリークネスS(G1)が中1週、ベルモントS(G1)が中2週で行われ、「変則三冠」を超える過酷さの中で毎年開催されている。
あのタニノギムレットの悲劇から20年。本当に「変則三冠」は過ちだったのだろうか。今の時代に逆行している以上推奨するつもりは毛頭ないが、今一度考える価値のある問題だろう。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)
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