JRA福永祐一が疑問を呈した藤田菜七子「G1制覇」最大のチャンス。オーナーが「正直に言うと勝てたレースだった」と語る“奥深い敗戦”から約2年半
「本当にたくさんのことを教えてくれた馬です」
大手競馬ポータルサイト『netkeiba.com』にて、先月から連載開始となった『もっと強く。』に登場した藤田菜七子騎手。その第3回の中、ファンからの「コパノキッキングに騎乗して勉強になったことは?」という質問に答えた。
詳細はぜひ本コラムをご覧いただきたいが、コパノキッキングといえば、藤田騎手にとってキャリアの中でも最も重要な1頭といえる。
2019年のフェブラリーS(G1)でG1初騎乗を叶えただけでなく、東京盃(G2)で重賞初制覇。さらにはカペラS(G3)でJRA重賞初制覇を達成と、当時4年目だった藤田騎手に極めて大きな財産と経験をもたらしてくれた。
しかし、本人が「もちろん悔しい思いはたくさんしました」と振り返っている通り、このコンビは決して大成功だったとは言えない。何故なら、コパノキッキングは藤田騎手と新コンビを組む直前まで重賞2連勝を含む4連勝中であり、陣営の目標はあくまでG1制覇だったからだ。
そもそも何故これだけの有力馬が、まだ重賞を勝ったことすらなかった藤田騎手とコンビを組むこととなったのか。それはオーナーであるDr.コパこと小林祥晃氏の「騎手を育てたい」という信念に他ならない。
「2019年は『藤田菜七子に重賞を獲らせよう』がテーマだったんだ」
過去の当サイトのインタビューで小林オーナーがそう語っている通り、このコンビ結成はオーナーの意思が主導だった。「1年間(コパノキッキングに)菜七子を乗せるけど、我慢して使ってやってほしい」とオーナー自ら村山明調教師へお願いした経緯があるほどだ。
逆に述べると、藤田騎手×コパノキッキングという異例のコンビは、“1年契約”という極めて特殊な状況にあった。前述した通り、このコンビは若手の藤田騎手に重賞初勝利を始めとした様々な財産をもたらしたが、陣営、そして藤田騎手にとっても大目標となるG1制覇には残念ながら到達できなかった。
中でも最も悔いが残ったのは、おそらく2着に終わった2019年のJBCスプリント(G1)だろう。
「芝」のスプリント王ミスターメロディが電撃参戦したことで、2番人気に甘んじたコパノキッキングだったが、前哨戦の東京盃を快勝しており、順当にいけば最も勝利に近い存在だったことは間違いない。
「正直に言うと『勝てたレースだった』と思ってるよ」
結果的に、ブルドッグボスとのクビ差の激戦となったこのレース。勝負の分水嶺となったのは3コーナーでコパノキッキングが自らスパートを開始しようとした時だった。
そこを藤田騎手は、あえて手綱を絞って我慢させた。レース後に「(スパートが)早過ぎたんですかね?」とオーナーに話した通り、仕掛けを遅らせた方が最後の末脚に繋がることはセオリーだ。実際にレースは、先にコパノキッキングが抜け出したところをブルドッグボスに差されており、藤田騎手の一瞬の判断は間違っていなかったようにも見える。
だが、小林オーナーの見解はまったくの逆だった。
「世間の人は、あれでもスパートが早かったって言うけど、俺は逆だね。遅い。(ブルドッグボスの)御神本を早めに諦めさせる(2着獲りの競馬をさせる)ことができてれば……ね」
実は、ブルドッグボスは前走の東京盃で4馬身ちぎった相手だった。果敢にハナに立ったコパノキッキングは、自慢のスピードに物を言わせてそのまま逃げ切り圧勝。ブルドッグボスは2着まで追い上げるのが精一杯だった。
しかし、その一方で好位からの競馬を選び、末脚に余力を残した今回のレースは、結果的にコパノキッキングが上がり3ハロン38.4秒だったが、相手は37.4秒。1秒も差があっては、粘り切るのが非常に困難と言わざるを得ない。つまり、切れ味勝負になった時点でコパノキッキングには分がなかったといえる。
それを敏感に感じていたのが、ミスターメロディの鞍上・福永祐一騎手だったようだ。
「レースが終わった後、祐ちゃん(福永騎手)が俺のところに来てさ。『コパさん、なんで(3コーナーで)行かなかったんだろうね?』って言うのよ」数多のG1勝利を成し遂げている名手からそう言われれば、小林オーナーが「あの時にパッと手綱を離しとけば、あとはキッキングが勝手に勝ってたと思うよ」と悔いるのも無理はないだろう。
あの悔しい敗戦から2年と約3か月――。ファンから「今一番最優先で考えているレベルアップはどの点か」という質問を受けた藤田騎手は「今はやっぱり状況判断かな」と答えている。
「もっと一瞬で的確な判断ができるようになれば、もっともっといい競馬ができるんじゃないかと思っています」
そう語った藤田騎手は、今週末も冬の小倉遠征で武者修行中。一方で、コパノキッキングは連覇を懸けて、サウジアラビアのリヤドダートスプリントに挑むことが発表されている。鞍上は昨年と同じW. ビュイック騎手になる見込みだ。
果たして、両者が再びコンビを組む日は来るのだろうか。藤田騎手としては、ジョッキーとしてスキルアップした成果を、今度こそ示したいに違いないだろう。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
オペックホースが日本ダービーを勝った1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)
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