JRA「オーナーサイドの大英断でした」藤沢和雄、そして横山武史エフフォーリアを英雄にした軌跡。非常識な“古き慣例”を覆した三冠トレーナーと皐月賞馬の挑戦
名伯楽・藤沢和雄調教師の引退がいよいよ迫ってきた。
現役2位・横山典弘騎手の2864勝を大きく突き放す、武豊騎手の通算4326勝(以下、すべて1月31日現在)は永久不滅級の大記録だが、藤沢和調教師の通算勝利もそれに勝るとも劣らない記録だ。
馬房制限がある中で築き上げた1562勝は、現役断トツ1位。アーモンドアイやアパパネといった三冠牝馬を手掛けた2位・国枝栄調教師ですら982勝なのだから、“ぶっちぎり度”は武豊級といえるだろう。
そんな藤沢和調教師だが、独特の馬なり調教や積極的な海外遠征など、競馬界に革命を起こし続けたパイオニアとしても、その貢献度は計り知れない。
中でも、賞賛されるべきは「3歳馬による天皇賞・秋(G1)」挑戦の道筋を示したことだろう。
昨年、3歳馬のエフフォーリアが天皇賞・秋を制して年度代表馬に輝くなど、今や菊花賞(G1)の3000mに不安を抱える有力3歳馬の天皇賞・秋挑戦は常識だ。しかし、本馬以前にこのレースを制したシンボリクリスエス、バブルガムフェローはいずれも藤沢和調教師の管理馬。エフフォーリアの鹿戸雄一調教師ら後進に大きな道と可能性を示した。
だが、そんな藤沢和調教師に偉業に大きな影響を与えた人馬がいる。バブルガムフェローの3歳馬による史上初の天皇賞・秋制覇の前年に“道”を切り開いたジェニュインと、その陣営である。
「オーナーサイドの大英断でした」
一口馬主クラブ社台レースホースに所属したジェニュインは、春に皐月賞(G1)制し、日本ダービー(G1)でも2着。当時は距離適性などあまり関係なく、このクラスの大物3歳馬が秋に歩む道は「100%菊花賞」と断言しても過言ではなかった時代だ。
しかし、ジェニュイン陣営が秋の始動戦として選択したレースは、マイル戦の京王杯(現・京成杯)オータムハンデ(G3)だった。
この挑戦が、当時の競馬界を大きく揺るがせたのは言うまでもないだろう。課せられたハンデは57.5kgのトップハンデ。昨年の当レースに朝日杯フューチュリティS(G1)を勝ったグレナディアガーズが挑戦したが、それでも56kgだった。JRAのハンデキャッパーが、この極めて異例の挑戦に難しい判断を迫られたことは間違いない。
結果的に2着に敗れたが、その後毎日王冠(G2)を経由して天皇賞・秋に向かったジェニュインは、サクラチトセオーとハナ差の激闘を繰り広げるも2着。本馬を管理し、ミスターシービーで三冠を制した松山康久調教師は「勝ちに等しい大健闘。年代の壁を崩した先駆け。オーナーサイドの大英断でした」と、この挑戦を絶賛している。
「藤沢和調教師が管理したバブルガムフェローは、同年3月のスプリングS(G2)勝利後に骨折。2000mの皐月賞や2400mの日本ダービーといった春のクラシックを棒に振ったことで、秋を迎えた時点の距離経験が1800mまでしかありませんでした。
今思えば非常識と言わざるを得ませんが、一昔前ならそれでも菊花賞挑戦という選択肢が主流でした。ですが、前年に皐月賞馬という身で天皇賞・秋に挑戦したジェニュインの存在は、陣営が決断を下す上で大きかったと思います。
ちなみにこのレースは、主戦の岡部幸雄騎手が米ブリーダーズCクラシック(G1)に騎乗するために海外遠征中。代打として騎乗した蛯名正義騎手にとってもG1初制覇という記念すべき1勝になりました」(競馬記者)
ジェニュインが礎を作り、翌年のバブルガムフェローが歴史の扉を開いてから26年。もし昨年、エフフォーリアが“古き慣例”に倣って菊花賞に挑戦していれば、少なくとも鞍上・横山武史騎手の2週連続G1制覇というドラマは生まれなかっただろう。
そういった意味でも、藤沢和調教師が残した軌跡は偉大だ。ただ、そんなパイオニアを導いた皐月賞馬と三冠トレーナーの挑戦も歴史に残って然るべきだ。
(文=大村克之)
<著者プロフィール>
稀代の逃亡者サイレンススズカに感銘を受け、競馬の世界にのめり込む。武豊騎手の逃げ馬がいれば、人気度外視で馬券購入。好きな馬は当然キタサンブラック、エイシンヒカリ、渋いところでトウケイヘイロー。週末36レース参加の皆勤賞を続けてきたが、最近は「ウマ娘」に入れ込んで失速気味の編集部所属ライター。
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