「歌劇王の父」オペラハウス死す……あらゆる「逆境」をものともせず名馬を輩出した革命家の生涯
オペラハウス(JBISサーチ公式サイト)より静内種馬場で功労馬として繋養されていたオペラハウス(28歳)が20日、左後肢基節骨(繋骨)の粉砕骨折を発症し予後不良と診断され、安楽死の処置が取られた。国内でレースに出走したことはないものの、種牡馬としては、2000年代の日本競馬において重要な役割を果たした名馬だったといえる。
オペラハウス自身、世界最高峰のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドS(英G1)を制するなど欧州G1を3勝。一流の名馬であることには違いないが、現役時の日本での知名度は相当に低かったといえる。
引退後、日本軽種馬協会に種牡馬入りした際も、特段大きな注目を集めたわけではなかった。その最大の理由は、父が欧州の大種牡馬サドラーズウェルズであった点が大きい。サドラー系は欧州では「独禁法違反」などと揶揄されてもおかしくないレベルの勝利を上げていたが、日本での産駒の成功例は当時皆無。日本と欧州の馬場の違いなども大きく影響したに違いない。そんな血を受け継ぐオペラハウスに期待などできようもないということだ。
しかし、初年度産駒からマイルチャンピオンシップ南部杯を勝ったニホンピロジュピタを輩出するなど好スタートを切った。ただ、この時点では「たまたま」という見方も強かった点は否めなかったが、その後3年、日本競馬はオペラハウスを無視することができなくなる。
現在でも日本史上最高、獲得賞金の世界記録をほこる「世紀末の王」テイエムオペラオーを2年目産駒で輩出。テイエムオペラオーは3歳時に皐月賞を制したが、その末脚はとてもパワー型のサドラー系とは思えないスピードを有していた。4歳時にはオペラオーの能力が一気に覚醒し、怒涛の8連勝無敗でフィニッシュ。20世紀最後の年度代表馬の座についた。オペラオーは5歳時にもG1で好走を継続し、最終的に史上最多タイとなるG1・7勝で現役を引退した。これほどの成績を残されては、とても「たまたま」などとは言えないだろう。
その後もオペラハウスはアクティブバイオやオペラシチーなど重賞馬をコンスタントに送り出し、種牡馬ランキングとしての最高位は2000年の4位で、00年代は20~40位代に推移。「サドラー系は走らない」という常識を覆す安定した成績を残し続けた。
06年にはクラシック2冠、最終的なG1競走4勝を達成したメイショウサムソンを送り出し、その評価をさらに高めた。オペラオーと同じく力強そうな馬体はまさにサドラー系という印象だったが、オペラハウス産駒は急速に進んだ日本競馬の「スピード化」にもしっかり順応したのである。メイショウサムソンの活躍はその証明といっていい。
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