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2017.02.01 08:46
武幸四郎騎手引退に伴い「たけゆたか」消滅!同姓騎手がいなくなり3月から「武豊」→「武」へ……武豊騎手本人は”どっち派”?
編集部

競馬をあまり知らない人でも、競馬といえば「武豊」というフレーズを耳にしたことがある人は多いはずだ。しかし、間もなく競馬といえば「武」になろうとしている。
昨年12月8日、武豊騎手の実弟となる武幸四郎騎手が2017年度の新規調教師免許試験に合格。これには武豊騎手も自身のコラムで「テンションが上がります」と喜びをあらわにしていたが、この合格により幸四郎騎手は今月2月末で引退することとなる。
それに伴い、現役で「武」の苗字を持つ騎手は武豊騎手1人となり、必然的に今年の3月からは公式の表記が「武豊」から「武」に戻るというわけだ。
このちょっとした”事件”にいち早く気付いたファンには、圧倒的に「武豊」支持派が多い。
武豊騎手の公式表記が「武豊」となったのは、幸四郎騎手がデビューした1997年。つまり20年も前の話であり、今となっては「武」時代を知らない人も多い。そういった人々からしてみれば、武豊騎手はやはり「武豊」なのであり、慣れ親しんだものが変化することに抵抗があるということなのだろう。
実際に武豊騎手がデビューした1987年の時点では、叔父にあたる武永祥(ながよし)騎手が現役で、永祥騎手が引退する1993年までは「武豊」の表記だった。つまり、武豊騎手が「武」の表記だったのは1993年から、幸四郎騎手がデビューする1997年までの約4年程度しかないのだ。
一方で「武」時代を知るオールドファンからは「どちらでもいい」という声が多く聞かれた。
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