JRA弥生賞(G2)武豊VS横山典弘「天才対決」の行方は。スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー「3強対決」から24年
「どうせゴール前で止まります」
1998年1月5日。その年のクラシック二冠馬セイウンスカイがデビューを迎えた日である。
しかし、オーナーの西山茂行氏(名義は西山牧場)は中山競馬場には駆け付けたものの、ちょうどお昼の時間ということで、釣りバカ日誌の作者・やまさき十三さんと餃子を食べていた。
そんな時にスタートを迎えたセイウンスカイのデビュー戦。好スタートからポンと飛び出した芦毛の馬体を見た十三さんが「おい、お前の馬、先頭走ってるぞ!」と声をかけたものの、オーナーは「4コーナーまで、4コーナーまで……」と、まるで無関心。
徳吉孝士騎手を乗せたセイウンスカイは、その4コーナーでもまだ先頭だったが「どうせゴール前で止まります」と、まったく期待していなかった。
それも仕方のないことだった。西山オーナーはこれまで何度もセイウンスカイの父シェリフズスターに期待を裏切られてきたのである。
稀代の二冠馬を世に残した種牡馬シェリフズスターだったが、西山牧場が購入したのは現役時だった。陣営は種牡馬としてよりも、競走馬として「ジャパンC(G1)を勝とう」と考えていたのである。当時のジャパンCは、まだ外国馬全盛の時代。コロネーションC(G1)とサンクルー大賞(G1)を連勝するなど、欧州で一流の成績を残していた本馬には十分にその“資格”があった。
しかし、輸入直前になってシェリフズスターが屈腱炎を発症し、引退を余儀なくされることに。仕方なく種牡馬として購入した西山牧場だったが、産駒は「まったく」と言っていいほど走らなかった。
そこで西山牧場の代表が父・正行さんから茂行氏に代替わりしたタイミングで、西山オーナーは産駒の売却を決断。その後、シェリフズスターも種牡馬廃用の運びとなった。結局、手元に残ったのはわずか3頭。だが、その内の1頭がセイウンスカイだったのである。
「無事に帰ってくればいい」。昔から馬主にとって競馬は子供の運動会に例えられるが、おそらくオーナーの期待は、その程度だったのだろう。しかし、セイウンスカイはその“運動会”を6馬身差で圧勝。それも外枠が不利な中山1600mの大外枠からやってのけたのである。
その後、セイウンスカイは返す刀でジュニアC(当時OP)も5馬身差で連勝。「関東の超大物」として注目されるようになった本馬に対し、周囲の見る目が変わったことは言うまでもないだろう。
■セイウンスカイがデビューした翌日にスペシャルウィークは
その一方、関西にもセイウンスカイとは違った意味で「血統の常識」を突き破った超大物が誕生していた。スペシャルウィークである。
1番仔はセン馬になったものの、結局デビューできず。2番仔も放牧中に暴れて骨折し競走馬になれずじまい。4番仔も気性が悪すぎてデビューを断念。3番仔オースミキャンディこそなんとか2勝を挙げたが、何度もゲート試験に落ちるなど、これも気性面に大きな問題があった。
それでも牧場が次に日本史上最高の種牡馬サンデーサイレンスを選択したのは、母キャンペンガールがシラオキの血を継承する超名門だったからだ。
気性面に大きな問題を持った産駒ばかりを産んでしまうキャンペンガールに、能力こそ極めて高いが、その“爆発力”は激しい気性面があってこそと言われていたサンデーサイレンス。典型的な失敗例になってもおかしくなかったが、母はその命と引き換えに5番仔スペシャルウィークを残した。
「このままずっとボクを乗せ続けてください」
スペシャルウィークがまだデビュー戦を控えていた頃、そう申し出たのが調教に乗った武豊騎手である。当時すでに数多のG1を勝利し「天才」の名を欲しいままにしていた現役最強騎手だが、ダービージョッキーの称号だけは、あと一歩で手が届かない日々が続いていた。
セイウンスカイが中山で6馬身差でデビュー戦を圧勝した翌日、京都でスペシャルウィークは想定外の敗戦を喫した。除外されると目されていた白梅賞(当時500万下)で出走が決まり、仕上がり途上で走ることになった結果、ハナ差で惜敗したのだ。
しかし、仕切り直しのきさらぎ賞(G3)で、後のダービー2着馬ボールドエンペラーらを相手に3馬身半差で圧勝。武豊騎手が日本ダービー(G1)を強く意識する大物が、大きな注目を浴びるようになった瞬間だった。
そして後に「黄金」と語られる世代の中心にいたセイウンスカイとスペシャルウィークが初めて顔を合わせたのが、皐月賞トライアルの弥生賞(G2)だった。
■突然変異の前に立ちはだかった超エリート・キングヘイロー
武豊騎手がダービーを勝つために作り上げたスペシャルウィーク。西山オーナーに「(父)西山正行をクラシックの表彰台にのせるために生まれてきた馬」とまで言わしめたセイウンスカイ。だが、実はこの弥生賞で1番人気に支持されたのは、キングヘイローだった。
スペシャルウィーク、セイウンスカイが血統の常識を覆した“突然変異”とするなら、キングヘイローは真逆の「超」が付くエリートだった。
20世紀最強馬といわれるダンシングブレーヴを父に持ち、母は米国でG1・7勝を挙げたグッバイヘイロー。この世界、生まれながらにしてG1制覇を宿命付けられた良血馬はそこまで珍しくないが、生まれながらにして「G1を何勝するのか」と世界から注目されたのはキングヘイローくらいのものだろう。
デビューから3連勝で東京スポーツ杯3歳S(当時G3、現2歳S)を勝利し、そんな周囲の高すぎる期待に見事応えたキングヘイロー。ラジオたんぱ杯3歳S(G3)こそ脚をすくわれ2着だったが、この年のクラシックは本馬が中心と見られ、弥生賞でも単勝2.1倍の1番人気に支持された。
後に「3強」と称えられる3頭の初激突はスペシャルウィークに軍配が上がり、クラシックの中心に躍り出た。一方のキングヘイローは、2着セイウンスカイからも4馬身差をつけられるショッキングな敗戦だった。
なお、単騎逃げの必勝パターンに持ち込みながら敗れたセイウンスカイ陣営が、時に「武豊以上の天才」と称される横山典弘騎手を招聘して逆転勝利を飾るのは、次走の皐月賞での話だ。
■今年の3歳世代は第2の黄金世代!?
あれから24年。ディープインパクト記念と称されるようになった今年の弥生賞は、武豊騎手の2歳王者ドウデュースと、横山典弘騎手のきさらぎ賞馬マテンロウレオが人気を分けあっている。
マテンロウレオの「きさらぎ賞勝利→弥生賞」という珍しいローテはスペシャルウィークと同様であり、距離こそ変わったがセイウンスカイと同じくジュニアCを勝って挑むインダストリアも侮れない存在だ。
久々に豪華メンバーとなった今年の弥生賞に、“あの時代”を想起したオールドファンもいるのではないだろうか。そうなれば皐月賞で初対戦となるイクイノックスやキラーアビリティといった大物たちは、さしずめクラシック出走が叶ったグラスワンダー、エルコンドルパサーといったところか。
いずれにせよ、今年の3歳世代は粒揃いだ。今週の弥生賞、チューリップ賞(G2)を皮切りに、当時のG1を総なめにした黄金世代の再来を期待するような好勝負を楽しみたい。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
オペックホースが日本ダービーを勝った1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)
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