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「よくこんなレースを見つけたものだ」武豊ですら感心した森秀行の慧眼…NHKマイルC優勝シーキングザパールが残した国際化の足跡【競馬クロニクル 第54回】

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「よくこんなレースを見つけたものだ」武豊ですら感心した森秀行の慧眼…NHKマイルC優勝シーキングザパールが残した国際化の足跡【競馬クロニクル 第54回】の画像1

 のちに日本調教馬として初の快挙を達成する1頭の牝馬は、1994年4月に米国・ヴァージニア州の牧場で生まれた。

 父は、大種牡馬ミスタープロスペクター(Mr. Prospector)の直仔であるシーキングザゴールド(Seeking the Gold)。母の父は史上初となる無敗でのクラシック三冠制覇を成し遂げた名馬シアトルスルー(Seattle Slew)という良血馬。しかし、幼駒のころはあまり見栄えがしなかったらしく、1995年に米・キーンランドでセリに上場された際に主取りになってしまった。しかし、それを知った馬主の植中昌子が牧場と直接交渉して18万5000米ドルで購買。植中の母、倫子の名義で登録が行われた。

 父の名に沿ってシーキングザパールと名付けられた米国生まれの牝馬は、2歳の7月、小倉の新馬戦(芝1200m)で、武豊を背にデビュー(のちに、騎乗停止期間中だった1回のみ河内洋が代打で乗り替わったが、残りの18戦は武が手綱を取り続けた)。これを7馬身差で逃げ切ってポテンシャルの高さを見せつけると、10月にはデイリー杯3歳S(G2、京都・芝1400m)で2着のメジロブライトに5馬身差を付けて圧勝。鮮やかに初重賞制覇を達成した。

 当時の外国産馬にはクラシックへの出走が認められていなかったので、3歳春の目標は前年に創設されたNHKマイルC(G1、東京・芝1600m)となる。そこへ向けて、1997年の初戦に選んだシンザン記念(G3、京都・芝1600m)を制して、順調な滑り出しを見せたシーキングザパール。しかし、ここで思わぬ事態に巻き込まれる。植中オーナーと当時の調教師のあいだで意見に齟齬が生じ、オーナーが転厩を決めてしまったのだ。

 植中オーナーが転厩先に指名したのは、栗東でめきめきと頭角を現してきた森秀行厩舎だった。午前中に転厩が決まると、その日の午後には森厩舎のスタッフが馬を連れていくという、電光石火の移籍劇。そしてこの決断が、彼女の道行きに大きな影響を与えることになる。

 続くフラワーC(G3、中山・芝1800m)、ニュージーランドT4歳S(G2、東京・芝1400m)と重賞を3連勝したシーキングザパールは、大目標のNHKマイルCでも6番手から鋭く抜け出して、2着に1馬身3/4の差を付けて快勝。順当にG1ウィナーの仲間入りを果たした。

 秋は秋華賞戦線に加わる予定だったシーキングザパールだったが、トライアルのローズS(G2、阪神・芝2000m)で3着に入ったのち、俗に「喉鳴り」とも呼ばれる喘鳴症の一種、「喉頭蓋(こうとうがい)エントラップメント」という疾病に罹患していることが判明。秋華賞参戦を断念し、いったん休養に入って手術を受け、翌春の復帰を目指すことになった。

 1998年の春、4歳となったシーキングザパールは、復帰初戦のシルクロードS(G3、京都・芝1200m)を快勝。続く高松宮記念(G1、中京・芝1200m)は4着、不良馬場になった安田記念(G1、東京・芝1600m)は10着に敗れた。

 かねてから海外遠征の可能性について口にしていたシーキングザパール陣営だったが、春シーズンを終えた段階で正式にフランスへ遠征することが発表された。そのレースは、ドーヴィル競馬場で行われる芝1300mのG1、「モーリス・ド・ギース賞」だという(「モーリス・ド・ゲスト賞」との表記もある)。

 このレース名を聞いて、筆者はもちろんのこと、競馬マスコミに従事する関係者の頭には特大の「?」が浮かんだ。調べてみたところ、確かにその名のG1が存在することは確認できた。のちに武豊が「森さんはよくこんなレースを見つけたものだと感心する」と言うように、日本のホースマンにとっては“探さなければ知らないまま”という地味な欧州のG1レースを狙う。それこそが森調教師の希有な個性である。

 森調教師は競馬とは無縁な環境で育ち、高校を卒業してから北海道の優駿牧場で牧夫として働き始める。その後、社台ファームに勤務しながら調教助手試験に合格し、1981年から栗東トレセンの戸山為夫厩舎のスタッフに加わった。坂路調教をいち早く取り入れたことや、ミホノブルボンに施したハードトレーニングなどで知られる戸山は競馬サークル内で異端の存在だったが、その薫陶を受けた森もまた従来の調教師像とはかなり異なる個性の持ち主である。

 1993年に調教師免許を取得した森は、同じ年に死去した戸山の厩舎を引き継ぐようなかたちで開業する。その時期に森が執念を燃やしたのがフジヤマケンザンを擁しての香港国際競走である。

 1994年の香港国際C(G2、シャティン・芝1800m)を4着として手応えを掴むと、翌年4月のクイーンエリザベス2世C(OP、シャティン・芝2200m)に参戦(10着)。そして3度目の遠征になる同年の香港国際C(G2)で8番人気という低評価を覆して優勝。日本の調教馬(平地)としては、1959年にハクチカラがワシントンバースデーHを制して以来、36年ぶりの海外重賞制覇となった。3戦とも手綱を取った蛯名正義にとっても、この勝利がブレイクのきっかけとなった。

 ちなみにこの年、米国のケンタッキーダービー(G1、チャーチルダウンズ・ダート10ハロン)へ武豊を背にスキーキャプテンを出走させ(14着)、日本調教馬の初出走という記念すべき足跡も刻んでいる。

 また、1995年に始まった条件戦での中央と地方の「指定交流競走」だが、当初、中央側の調教師の多くが上から目線のプライドからか、地方競馬へ遠征することは恥ずかしいという意識が支配的だった。しかし、そうしたムードに流されることなく、森は「もらえる賞金があるなら取りに行く」のスタンスで、積極的に地方競馬へ遠征させて結果を残していった。いわば、地方遠征の先駆者である。

 シーキングザパールに話を戻そう。

 英国のニューマーケットへ入厩、当地のウッドチップコースでの調教で仕上げてからフランスへ輸送するという、思い切った策をとった。道悪が不得意なため天候が憂慮されたが、幸いにしてこの年のドーヴィルは晴天続きで、馬場状態は高速決着が予想される“パンパンの良”。条件は整った。

 直線コースで行われるこのレース。シーキングザパールは好スタートからスムーズに先頭に立ち、鞍上の武豊とピタリと折り合って進むと、残り300m付近からスパート。有力視されていたジムアンドトニック(Jim and Tonic)が迫っては来るものの、それを抜かせず、先頭を守り切ってゴール。コースレコードでの勝利で、日本調教馬として初の海外G1制覇となった。

 そして翌週には藤沢和雄厩舎のタイキシャトルが当地のジャック・ル・マロワ賞(G1、ドーヴィル・芝1600m)に出走。岡部幸雄を背に優勝を果たし、2週連続した日本調教馬の勝利をフランスの競馬メディアはセンセーショナルに報じた。

 編集部で居残り組だった筆者は、当時はまだテレビ中継はもちろん無く、ネットもまだ一般化していなかったため、ラジオ中継に耳を寄せてレース実況に耳を澄ませてこの勝利を確認。興奮したカメラマンら3人で新宿へ繰り出して痛飲したことは、いまとなってはいい思い出である。

 シーキングザパールは、牝馬ながらその後も海外遠征を繰り返す。1999年には米国のサンタモニカH(G1、サンタアニタ・ダート7ハロン)で4着に入ったほか、ベルモントとローレル競馬場の重賞にも挑戦した。そしてこの遠征を最後に現役から引退し、米ケンタッキー州の名門牧場クレイボーンファームで繁殖入り。初年度は前年の米国種牡馬チャンピオンに輝いたストームキャット(Storm Cat)と交配され、生まれた初仔は日本でシーキングザダイヤと名付けられて、重賞5勝を挙げる活躍を見せた。

 シーキングザパールは、米ケンタッキー州のレーンズエンドファームに移動していたが、2005年の初夏、放牧地で息絶えたところを発見された(落雷に遭ったことが死因とみられている)。11歳という若さだった。

 進取の気性に富んだトレーナーと、環境の変化にも負けない、真の意味で“強い牝馬”、そして世界を知る歴戦のジョッキー。このコンビが初夏のリゾート地で手にしたゴールドメダルは、バタフライエフェクトのように日本のホースマンの意識を変えていった。
(文中敬称略)

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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