真剣勝負の裏にある真実に斬り込むニュースサイト・GJ
GJ
真剣勝負の真実に切り込むニュースサイトGJ
NEW
2016.08.13 09:39
【特別追悼寄稿】決して「天才」にはなれなかった天才武豊の父・武邦彦 『魔術師』と呼ばれた名手が駆け抜けた時代
文=浅井宗次郎
まさに新時代の幕開けであった。時代の波に乗った武邦彦は、翌年も代打騎乗したタケホープの菊花賞でハイセイコーを撃破、さらに翌年には史上初の単枠指定を受けたキタノカチドキで皐月賞、菊花賞の2冠を達成している。
さらに2年後の1976年、競馬はトウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスという3頭の名馬によって彩られた「TTG時代」に突入していた。
そんな中、武邦彦は日本ダービーでテンポイントに騎乗しながらも、その年の有馬記念以降は関東馬トウショウボーイの主戦を務めている。当時、関東馬に関西の騎手が乗ることはほぼなかったが、それだけ武邦彦の腕が買われていたということだ。
武邦彦に唯一足りなかったのは騎手リーディングのタイトルだろう。『魔術師』がそれを手にできなかった最大の原因は、同じ時代に福永祐一の父で『天才』と称された福永洋一がいたからだ。事実、武邦彦は2度のリーディング2位になりながらも、いずれも福永洋一に敗れている。
だが、それでも史上5人目、関西の騎手では初となる通算1000勝を達成するなど、間違いなくその時代の中心にいた名手は、まるで息子・武豊の登場を待っていたかのように1984年に騎手を引退。息子のデビューと同年に、調教師として厩舎を開業した。
その後、管理馬のバンブーメモリーで武豊がスプリンターズSを優勝。また1997年には、デビューわずか2日の武幸四郎が管理馬のオースミタイクーンでマイラーズカップを制覇している。2009年の調教師引退の当日、最後の勝利を挙げたのも武幸四郎の騎乗馬だった。
『魔術師』武邦彦。その軌跡は栄光に溢れている。だが、彼が最後まで『天才』と称されなかったのは、ライバルの福永洋一、そして息子の武豊の存在があったからだろう。
2016年8月12日に77歳で死去。僭越ながら、心よりお悔み申し上げます。(敬称略)
(文=浅井宗次郎)
PICK UP
Ranking
17:30更新
JRA 1年で一番面白いレースは根岸S(G3)!? フジテレビ名物実況・青嶋アナの「神実況」と競馬大好き人気芸人も愛した「鬼脚」牝馬
武豊命名「5爺」に激震走るナンバー3の卒業…有馬記念でメジロマックイーンを撃破、迫られる「欠員補充」の最有力候補とは
リアルスティール「北米遠征プラン」にサンデー出資者激怒? リスクを鑑み「天皇賞参戦」決定か- 「シャフリヤールの激走はわかっていた」本物だけが知る有馬記念裏事情。そして“金杯”で再現される波乱の結末とは?
- JRA横山和生「美人過ぎる」あの有名バレットと結婚してた!? 当時は競馬ファンの間でも話題、タイトルホルダー活躍の裏に「内助の功」効果バッチリ
- アドマイヤ軍団が「G1・45連敗」武豊と絶縁し「40億円」と引換えに日本競馬界フィクサーの”逆鱗”に触れた凋落の真相?
- 浜中俊「哀愁」の1年。かつての相棒ソウルラッシュ、ナムラクレアが乗り替わりで結果…2025年「希望の光」は世代屈指の快速馬か
- JRA調教師の目標は「餌やり」からの卒業!? 競馬界の「影の王」ノーザンファーム外厩大成功に存在意義ズタズタ……
- 「世界最高賞金レース」がトライアルに大暴落!? まるでアーモンドアイ、コントレイルがいないJRAジャパンC……「レースに出る必要があるのか」辛辣意見も
- 四位洋文騎手が「トラウマ」嘆く……武豊騎手も不快感を露にした昨年「マイルCS」ディサイファの悲劇














