JRA【死去】高市圭二調教師「20年の執念」が結んだ奇跡。最優秀障害馬シングンマイケルとオジュウチョウサンの「頂上決戦」は天国で

17日、昨年の最優秀障害馬シングンマイケルを管理する高市圭二調教師が亡くなった。64歳だった。
競馬界には「亡くなった種牡馬の仔は走る」という格言があるが、このシングンマイケルもまた父シングンオペラが世を去った昨年3月の頃は、まだ障害オープンを勝ち負けしている存在だった。しかし、3カ月後の東京ジャンプS(G3)で重賞初制覇を飾ると、そのまま3連勝で12月の中山大障害(G1)を制覇。一躍、障害界のトップホースに上り詰めた。
そんなシングンマイケルは伊坂重憲オーナーと高市調教師の「執念」が生み出した結晶だった。
「父シングンオペラ」と聞いて、ピンとくる競馬ファンは少ない。それどころか、種牡馬入りしていたことさえ知らなかったというのが大多数だろう。それもそのはず、地方の船橋デビューのシングンオペラにはJRAのG1どころか、重賞勝ちすらない。2001年のアルゼンチン共和国杯(G2)3着というのが、最高着順だった。現役最後のレースは500万下(現1勝クラス)だ。
本来なら到底、種牡馬入りできる実績ではない。しかし、最後のレース中に故障してしまったシングンオペラに、伊坂オーナーは「どうか命だけは救って欲しい」と必死にお願いしたという。
その後、何とか一命を取り留めたシングンオペラは、伊坂オーナーの個人所有という形で種牡馬入り。毎年1、2頭という細々とした種牡馬生活を送っていたが、その中から生まれたのがシングンマイケルだった。
この奇跡的なサクセスストーリーを支えたのが、父シングンオペラも管理した高市調教師だ。
騎手時代は決して大きな活躍をしたわけではないが、名伯楽・藤沢和雄調教師に管理馬の調教を任されるなど、高い調整技術は持っていた。そんな貴重な経験が調教師になって開花。G1・2勝の女傑ファストフレンドを送り出すなど、“渋い馬”を手掛ける厩舎としてファンからも人気があった。
しかし、2017年夏、師を突然の「悲劇」が襲った。背中に強烈な痛みを感じながら病院に駆け込むと、後腹膜脂肪肉腫との診断。20000人に1人とも言われる希少癌だ。闘病しながらの現役を続ける中、厩舎にとって14年ぶりの重賞制覇をもたらしてくれたのがシングンマイケルだった。
中山大障害を勝った際、父シングンオペラが現役だった頃にデビューした苦労人・金子光希騎手は「やっと夢が叶いました。折れそうな心を鼓舞して20年騎手を続けてきた」と初G1制覇に涙し、高市調教師も「奇跡ですね。無事に戻ってきてくれた馬に感謝したいです」とシングンオペラから繋がった約20年の思いを噛みしめた。
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