【ケンタッキーダービー出走特別連載】その時、競馬は「古き良き時代」を取り戻した。夢を繋いだ日本ダービー馬「絆(キズナ)」の物語<2>
キズナの海外初戦は、日英ダービー馬が一騎打ちを演じた歴史的接戦
目指すは世界最高峰のフランス凱旋門賞制覇――。前田幸治、佐々木晶三、佐藤哲三、そして武豊。4人のホースマンを中心に描かれた”世界を股に掛けた壮大な夢”は、ついに具体的な計画性を持って動き出した。
7月半ば、鳥取県の大山ヒルズで英気を養っていたキズナの元に佐藤が訪れた。
まだ左腕が自由に動かず、万全にはほど遠い状態だったが、前田はそんな佐藤に「近くに温泉もあるし、リハビリや乗馬にはウチの施設を使ってくれ」「復帰したら、オレの馬で乗りたいヤツは全部乗ればいいから」と最大限のエールを送っていた。
8月初頭に帰厩したキズナは日本での検疫を挟み、9月には現地フランスへ到着。陣営が前哨戦に位置付けたのは、凱旋門賞と同じロンシャン競馬場の芝2400mで行われるニエル賞(G2)であった。
この3歳限定戦のニエル賞には凱旋門賞の前哨戦として、世界の頂点を目指す各国の代表が集結した。
中でも、この年は凱旋門賞と同舞台のパリ大賞典(G1)を完勝したフリントシャー、そして世界一の格式を誇る英ダービー(G1)を制したルーラーオブザワールドが参戦。日本ダービー制覇で世代の頂点に立ったキズナは、あくまで挑戦者の一頭に過ぎなかった。
キズナにとって初めての異国の地でのレース。それもライバルは各国の世代を代表する馬たちだ。
さらに不安視されたのが、深い芝で有名なロンシャン競馬場への適正だった。日本ダービーの勝利に代表されるように、キズナの最大の武器は父ディープインパクト譲りの爆発力。上がり3ハロンを33秒台で駆け上がる極上の切れ味である。
それが日本よりも遥かに力のいる馬場で発揮できるのか。実際にディープインパクトは凱旋門賞で末脚勝負に挑まず、生涯最初で最後の逃げを見せている。だが、まだ3歳のキズナには自分が培ってきた後方待機からの末脚に懸ける他、世界と戦える方法がなかった。
キズナの陣営は「ニエル賞は試金石。本番はあくまで凱旋門賞」と腹を括っていた。渡仏してわずか2週間。調教師の佐々木も「状態は、まだ85%くらい」と明かし、今回の最大のテーマはロンシャン競馬場に慣れることと定めていた。
迎えた9月15日。レースは僅かに出遅れたせいもあり、キズナは日本と同じく後方に待機した。この日のロンシャンの芝は、最悪とまでいかないものの多くの水分を含んだ馬場。だが、軽い馬場が得意なキズナの足取りは思ったほど苦労しているようではなかった。
思い返せば、キズナのキャリア2戦目は強い雨の中でのレースだった。内容は完勝だったが、重い馬場の走り方はその時に覚えたのかもしれない。それを教えたのは、キズナにとっての初めての”相棒”佐藤だった。
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