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「落鉄が敗因」は本当か?「裸足のシンデレラ」と呼ばれた名牝の桜花賞【競馬クロニクル 第4回】

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「裸足のシンデレラ」

 そう呼ばれた1頭の小柄な牝馬をご存じだろうか。

 1991年のオークスを制したイソノルーブル桜花賞で陥ったあるトラブルによって彼女はそう呼ばれたのだが、今回はその顛末を振り返ってみる。

 イソノルーブルは「抽せん馬」だった。抽せん馬とは、JRAがセリ市で購入して自らの施設で育成・調教を施し、その後、希望する馬主に抽せんで安価に販売された馬のこと(このシステムは現在、「JRAブリーズアップセール」というセリ市で売却するかたちに変わっている)だ。

 馬柱では、馬名のアタマに「抽」の文字を丸囲みした印が記載され、俗には「マル抽」とも呼ばれた。

 安価な抽せん馬が重賞級のレースで活躍するのは稀なことだったため、イソノルーブルも大きな期待を寄せられてはいなかった。しかし、栗東トレセンに入厩して調教を始めると、かなりのスピードを持っていることが次第に分かってきた。また同時に、負けず嫌いで我慢のきかないという激しい気性の持ち主であることも露わになった。

 デビューの新馬戦(中京・芝1000m)では出遅れたものの、早めに先頭に立つと、そのまま後続を振り切って勝利。続いて出走した3歳抽せん馬特別(500万下、京都・ダート1400m)ではスピードの違いで、2着に3馬身半差をつけて逃げ切りで連勝。初の重賞挑戦となったラジオたんぱ杯3歳牝馬S(G3、京都・芝1600m)にはミルフォードスルー、スカーレットブーケなどの実績馬がいたため8番人気に過ぎなかったが、レースは2着のスカーレットブーケに3馬身半もの差を付ける逃げ切りで快勝し、いよいよ翌年の“クラシック候補”との声が聞かれ始めた。

 翌91年、エルフィンS(OP、京都・芝1600m)、報知杯4歳牝馬特別(G2、中京・芝1200m)をスピードの違いで圧勝。デビューから無敗の5連勝を遂げたイソノルーブルは単勝1番人気で1冠目の桜花賞(G1、京都・芝1600m)へ向かう。
 
 悲劇は、そこで起きた。

 いつも気合じゅうぶんにパドックを周回し、本馬場へと飛び出していくイソノルーブルだったが、満場のファンから放たれる異様なまでの熱気を感じてか、普段以上にテンションが上がっていた。

 それでも鞍上の松永幹夫騎手になだめられて本馬場入場まで終えた彼女だったが、ゲート入りが始まろうかという段階で、右前肢の落鉄(蹄鉄が外れること)を松永騎手が発見。ゲートの後ろで装蹄師が蹄鉄を打ち直そうとするが、テンションが上がり切って興奮状態になったイソノルーブルはその動きに激しく反抗して暴れ、作業ができない事態に陥った。
 
 厩舎スタッフが厩舎まで戻って装蹄し直したい旨を発走委員に願い出るが、すでにスタート予定時刻をかなり過ぎているうえ、厩舎に戻って作業をするとさらに20~30分を要するため、その申し出は却下された。結局、イソノルーブルは右前肢の蹄鉄を履かない状態でレースに臨むという異例の事態となったのだ。
 
 レースは予定時刻から11分遅れてスタート。イソノルーブルは鞍上に促されて2番手を追走したが、直線で失速して勝ったシスタートウショウの5着に粘るのが精一杯だった。

 デビュー6戦目にして喫した初の敗戦。マスコミは彼女の悲劇を「裸足のシンデレラ」と評し、その呼称はファンのあいだでもよく知られることとなった。

 以上が事の顛末で、落鉄が原因でこの悲劇は起きた、というのが当時の論調だった。
 
 しかし、筆者は実際には落鉄が敗因だったと決めつける論調には批判的な立場をとっている。なぜならば、指導者の立場になっていた、あるベテラン装蹄師の方に直接うかがったある誤謬(ごびゅう)に関する事実を知ったからである。

「落鉄が敗因」は本当か?「裸足のシンデレラ」と呼ばれた名牝の桜花賞【競馬クロニクル 第4回】の画像2 その誤謬とは何か。
 
 一般的に競走馬の蹄鉄は人間の「靴」になぞらえられる。それゆえ落鉄したイソノルーブルを「裸足」と表現し、靴を履かないで走ったのでは力を出し切れない、と理解する人が多い。

 しかしそのベテラン装蹄師に聞いた話は、まさに目から鱗の内容だった。

「蹄鉄の働きは蹄の保護であって、アメリカのスパイク鉄(複数のツメが付いた蹄鉄で、日本では「歯鉄」と呼ばれる)を除けば、蹄鉄は速く走るために付けるのではありません。

厩舎関係者のコメントとして落鉄が敗因ということがよく言われますが、中途半端な外れ方をしていれば走りにくいでしょうが、完全に外れた状態であれば走力はほぼ落ちることはないというデータもあります。左右のバランスが変わるのは確かですが、アルミニウム製の蹄鉄は薄くて軽いので、馬が走りながら違和感を覚えるほどではないでしょう」
 
 そしてその一例として、あるビッグレースで従来のレコードを大きく更新した馬が引き揚げてきたら落鉄していたことがあった、という逸話を伝えられた。ご本人に差し障りがあるためレース名と馬名を出すのは控えるが、筆者はこの例にたいへんに驚いた。

 この話から桜花賞におけるイソノルーブルの敗戦にどんな結論が導かれるのか。

 落鉄は主たる敗因ではなく、普段では考えられないほどテンションが上がったイソノルーブルが蹄鉄の打ち直しを拒んで暴れた際、さらに興奮状態に陥ったため、体力・気力を消耗してしまったことにあるのではないか。

 つまり、桜花賞でのイソノルーブルはレースの前に“咲き終わっていた”可能性が高いと筆者は考えている。

「裸足のシンデレラ」というフレーズは非常によくできたコピーで、ファンの胸に深く突き刺さる力を持った言葉だと思う。しかし、桜花賞でのトラブルに対して現場を知る識者はまったく違った見方をしていたということである。

 しかし、イソノルーブルは不屈の馬だった。
 
 次のオークスでは距離不適の見方に押されて4番人気に評価を落としたものの、レースでは鞍上の指示どおりにぴたりと折り合ってスローペースの逃げを打つ。そして、出遅れて後方から怒涛の末脚で追い込んできたシスタートウショウをハナ差退けてリベンジを完遂。スタンドを埋め尽くしたファンの大歓声に迎えられる栄誉に浴したのだった。

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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