地方所属馬初のJRA・G1制覇を果たした「岩手の雄」の記憶、強豪2騎を擁した地方競馬の黄金時代【競馬クロニクル 第67回】
判官びいきは競馬ファンの特質なのかもしれない。それは他馬の馬券を握り締めていようとさして変わらず、いままさに弱者が強者を倒そうとするとき、立場の弱きものを後押しするプログラムが脳内に組み込まれているかのようだ。
メイセイオペラが直線で馬群を抜け出して先頭に躍り出たときに沸き起こった地鳴りのような声援、トップでゴールを駆け抜けた瞬間の歓声、ウイニングランでファンの前に戻ってきたときの拍手と歓声。どれもがそれまでに経験したことがないほどに温かく、筆者はそうしたファンの反応に心を揺り動かされたのを覚えている。
1999年1月31日の東京競馬場。ダート王決定戦、フェブラリーS(G1)が行われるこの日の府中は、陽は出ていながら寒風吹きすさぶ厳しい天候にもかかわらず、早朝からスタンドは異様な熱気を孕んでいた。“地方所属馬初のJRA・G1制覇”という偉業をかけて、”岩手の雄”メイセイオペラが満を持して大舞台へ乗り込んで来たからだ。
1990年代半ばから中央と地方の交流が本格化
1995年から中央競馬が地方競馬への開放路線をとり、ダート戦線では中央地方指定交流競走が設けられた。そして、そのレースのグレードを中央・地方で統一したものとするために『ダート競走格付け委員会』が設置され、1997年からは委員会で決められたグレードがレースに用いられるようになった。
その初期にあたる1990年代の後半、地方競馬には巨大な二枚看板がそそり立っていた。
1頭は東京大賞典、帝王賞、川崎記念(2回)と、G1を4勝する南関東のエース、アブクマポーロ(1992年生・牡、大井→船橋)。上記のレースでホームの利を生かして、中央の強豪をなぎ倒してビッグタイトルの勲章を次々と手に入れていた。
もう1頭が”岩手の雄”と呼ばれたメイセイオペラ(1994年生・牡、岩手・水沢)だ。軌道に乗るまでには時間を要したが、東北3県の3歳チャンピオンを決める東北優駿(新潟・ダート1800m)を従来の記録を一気に1秒も詰めるレコードタイムで快勝。続いて出走した、岩手競馬のダービーにあたる不来方(こずかた)賞(盛岡・ダート2000m)では2着に1秒5もの差を付ける圧勝で悠々と頂点に立った。
次の目標を中央のユニコーンS(G3)に定めたメイセイオペラだったが、思わぬアクシデントに襲われる。1週前追い切りを予定していた朝、馬房で血まみれになっているところを発見されたのだ。診断の結果は前頭骨々折。馬房内で頭を壁にぶつけて骨折の重傷を負ったようだった。幸いにして2週間後には運動を始められるようにはなったが、ユニコーンSは回避を余儀なくされ、無理を承知で臨んだ交流重賞、ダービーグランプリ(G1、盛岡)を10着に大敗すると、続くスーパーダートダービー(G2、大井)でも大差の10着に敗れてしまう。
それでも地元の重賞、桐花賞で古馬を倒して復活の狼煙を上げると、いよいよ翌年は地方競馬の頂点に立つアブクマポーロとの戦いに挑むことになる。
初対決となった川崎記念(G1、川崎・ダート2000m)ではまったく歯が立たず、1秒8差の4着に敗れる。地元の重賞、シアンモア記念(水沢)を快勝して臨んだ帝王賞(G1、大井・ダート2000m)では果敢に逃げて最後まで粘ってアブクマポーロに0秒4差の3着にまで迫る。その後、マーキュリーC(G3、水沢・ダート2000m)、みちのく大賞典(重賞、盛岡・ダート2000m)を連続して圧勝。三度目の対決となる南部杯(G1、盛岡・ダート1600m)へと駒を進める。
3歳の条件戦以来となるマイル戦だったが、この距離短縮がメイセイオペラにぴったりとフィットした。2~3番手を引っ張り切れない手応えで追走すると、最終コーナーを先頭で回り、あとは後続を難なく突き放して完勝。2着に中央のタイキシャーロック、そして3着に偉大なライバルのアブクマポーロを下しての戴冠を果たしたのだった。
<動画(岩手競馬公式)>1998年 マイルチャンピオンシップ南部杯
2頭はこのあと同年末の東京大賞典(G1、大井・ダート2000m)でまたも激突するが、アブクマポーロが粘るメイセイオペラを差し切ると、2馬身半差をつけて圧勝。2000m戦での優位性をあらためて誇示した。
迎えた1999年。アブクマポーロが2000mの交流重賞路線に進路を定めた一方、マイルの南部杯で圧勝を収めたメイセイオペラは、満を持して中央の同距離G1、フェブラリーSへ臨むことを決定する。
地方所属馬としてフェブラリーSに参戦
ガーネットS(G3)を勝って臨んできた1番人気のワシントンカラー以外、JRAの主力はタイキシャーロックをはじめ、メイセイオペラにとっては勝負付けが済んだメンバー。もちろん地方と中央では馬場の砂質が違うため、一概にメイセイオペラが格上と言い切るのは難しいが、少なくとも互角の勝負ができるだろうというのが希望的観測を含めた大方の見方であった。
そして同時に、地方所属馬の新しいヒーローの誕生を望むファンの気持ちがメイセイオペラの背中を強く熱く後押ししていた。当日の東京競馬場は岩手から遠征してきた応援団の姿も少なくなく、入場人員は10万を優に超えて過去のフェブラリーSでは考えられないほどの熱気に満ちていた。
この大一番で見せたメイセイオペラのパフォーマンスはファンの期待をはるかに超えていた。
好スタートから外目の4~5番手の絶好なポジションをキープしたメイセイオペラは手綱をとる岩手きっての名手、菅原勲とぴたりと折り合いながら流れに乗る。1000mの通過は60秒3の平均ペース。第3コーナーを回ったところから後方集団が動き始めるが、手応えの良いメイセイオペラは手綱を抑えられたまま馬群の外を通って直線へ向き、逃げ・先行馬たちを射程に捉えた。
前の馬たちの手綱が激しく動き始めても、名手・菅原はまだ手綱を抑えたままで周囲の出方を見るだけの余裕があった。そしてその手が動き始めたのは坂下付近で、ゴーサインを受けたメイセイオペラのフットワークに力感が加わり、ぐいぐいと前との差を詰め、ゴール前100m付近で先頭に躍り出る。中断からエムアイブランやタイキシャーロックが懸命に追うが、差は詰まらない。結局、メイセイオペラがエムアイブランに2馬身の差を付けるという完ぺきなパフォーマンスで、地方所属馬のJRA・G1勝利という史上初の快挙を成し遂げたのだった。
<動画/JRA公式>1999年 フェブラリーS(メイセイオペラ)
おそらく岩手からやってきたファンであろう人たちがそこここで「バンザイ!」と声を上げ、中央競馬のファンたちも、ダートコースから引き揚げてきた岩手の英雄に向かって熱のこもった拍手を送り、“勲コール”で鞍上を祝福するファンも少なくなかった。
こうして偉業を成し遂げたメイセイオペラは、アブクマポーロが怪我で回避した帝王賞を4馬身差で圧勝。あらためて2000mでもG1で通用する力をアピールした。
翌年のフェブラリーSは調整不足もあって0秒1差の4着に敗れたが、夏には地元・盛岡の重賞、みちのく大賞典に優勝。復活の狼煙を上げたものの、レース後に左前脚浅屈腱炎を発症していることが判明。年齢も考慮して現役を引退し、種牡馬入りすることが決まった。通算成績は35戦23勝。獲得賞金は約5億円にも上っていた。
2歳先輩のアブクマポーロと切磋琢磨しながら力を付け、アウェイのJRAへ乗り込んで“テッペン”を取ったメイセイオペラ。いつもインパクトを残す名馬はライバルに恵まれる。強豪2騎を擁していた1990年代後半の地方競馬はゴールデンエイジだった。(文中敬称略)
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