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「庭先取引」の問題点を一変させたセレクトセール!億超え馬を落札する名物オーナーたちも登場…オープンでフェアな取引に多大な貢献【競馬クロニクル 第63回】

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競馬クロニクル 第63回
競馬クロニクル 第63回

 日本の競走馬マーケットは良くも悪くも独特の慣習のもとに発展してきた。

 欧米では、自分で生産した馬を自分の所有馬として走らせるブリーディングオーナーを除けば、大半の馬はセリ市で取引される。しかし日本では、いまだに8割の馬が『庭先取引』という、生産牧場とオーナーの直取引によって売買されている。

問題の多かった庭先取引を一変させたセレクトセールの存在

 古くから『庭先取引』には、いくつもの問題があると指摘されてきた。

 その一つは、俗に“馬喰”(ばくろう)と呼ばれる『売買仲介業者』が取引の仲立ちに入って、高額な手数料を取るケースが一般化していたことである(この“馬喰”の役割を、購買の依頼を受けた調教師が果たすこともあった)。また、オーナーが調教師に馬の購入を依頼し、その仕事を仲介業者に補助してもらった場合には、調教師には謝礼金、仲介業者には手数料と、それぞれが仲介手数料というべきカネを中抜きするため、結果として馬主から見れば、手数料を二重取りされるという悪習も少なからず見られた。

 もう一つの問題は、新規参入した馬主がなかなかいい馬を手に入れることができないという大きな”壁”が存在したことだった。

 京都のお茶屋遊びではないが、競走馬取引の世界には“信用取引”という側面があり、“イチゲンさんお断り”とでも呼ぶべき商習慣があった。いかに潤沢な資金を用意していようとも、初めて訪ねる生産牧場で「いい馬を買いたい」と申し出たところでホイホイと売ってはくれない。たとえば、その牧場と取引があるオーナーの紹介があれば、それなりの馬を手に入れられるかもしれないが、いわゆる「いい馬≒血統馬≒高額馬」は旧知の大口馬主に優先的に売り渡すので、新規参入の馬主がトップクラスの馬を買えるケースは無いに等しかった。

 もちろん日本にも競走馬のセリ市はあって、北海道の日高軽種馬農協が主催するセールは古くから開かれていたし、JRAもセリ市でのオープンな売買を促進するため、セリで取引された馬は『市場取引馬』、俗に言う『マル市』(「市」の丸囲み)のマークを付けて表示。その馬がレースに勝ったり上位入賞した場合には、生産者・生産牧場に『市場取引馬奨励賞』という付加賞金が支払われていた(のちに2007年いっぱいで廃止)。

 しかし状況はなかなか変わらず、一般的には庭先取引で売れ残ったものを中心とした、けっして良質とはいえない馬が上場することが多かった。ただし、トウショウボーイのように日高軽種馬農協が所有する種牡馬の産駒はセリ市への出場義務があったため、数千万円の値が付くこともあった(バブル期にはトウショウボーイの産駒が3億6050万円、2億6500万円で落札されている)。しかし、それはあくまでレアケースであり、本稿では記し難い脱法的な商習慣の存在も含めて、豊富な資金を持つ新規参入馬主への競走馬売買の”壁”は高く厚かった。

 これらをまとめると、日本の競走馬売買の世界は“可視化”が非常に遅れており、取引の大部分が”裏舞台”で行われていたことに大きな問題があったのだ。

 そうした日本特有の問題点を一気に引っ繰り返す革命的なセリ市、『セレクトセール』が立ち上がったのが1998年のことだった。日本競走馬協会が主催し、社台ファームとノーザンファームが中心となって新たに設けられたこの特上のセールが、日本の競走馬取引の“ハイエンドの”景色を一変させていく。

 1998年の7月13日、その日、セレクトセールの開場となったノーザンホースパーク(北海道苫小牧市)の様子は筆者の目に耳にしっかり焼き付いている。当時の主だった大物オーナーがずらりと顔を揃え、VIP待遇の彼らには会場前のスペースに建てられた大型のテントが割り振られていた。そして目当ての馬が出るまでは、そこで仲間たちとビール、ワイン、シャンパンを飲み、焼き上がったばかりのスペアリブなどを口にしながら楽しげに時を待っていた。

 競馬サークルの人々も同様だった。リーディング常連のトップトレーナーはあらかた顔を揃え、馬の下見、オーナーとの打ち合わせに余念がない。武豊騎手をはじめとするトップジョッキーたちも会場を訪れ、雰囲気を味わいつつオーナーらと歓談している。

 セレクトセールの会場はさながら日本競馬のエッセンスを圧縮した特異な祝祭空間とでも言うべき“ハレの場”となっていたのだ。

 当歳(0歳)と1歳市場を合わせ、230頭が上場して149頭が売却(落札率64.8%)、売却総額は48億5100万円(価格の平均値は3255万7047円)。第1回セレクトセールは大盛況のもとに幕を閉じたのだが、それには大きな理由があった。1989年当時は日本の競馬史上で最高のスーパーサイアー、サンデーサイレンスが存命で、日本のみならず海外のバイヤーからも熱視線が注がれていた。そして、これまでは選ばれたオーナーのみが庭先取引で手に入れるものと相場が決まっていたサンデーサイレンスの子どもたちが、資金さえ潤沢に持っていれば、馬主としてのキャリアなどはまったく関係なく、我がものとするチャンスが生まれたからである。

 実際、1998年には18頭のサンデーサイレンス産駒が落札され、高額馬ベスト10のうち9頭を占めた。また、ファデッタの98(牡、競走名「アドマイヤセレクト」)の1億9000万円を最高に、7頭ものミリオンホース(1億円以上の落札馬)を出した。もちろん上場頭数は限られているが、サンデーサイレンスとその産駒の存在が初期セレクトセールを牽引したことは間違いないだろう。

億超えの高額馬を次々に落札する名物オーナーも登場

 セレクトセールは年々売り上げを伸ばし、2023年は当歳、1歳を合わせて上場された453頭中435頭が落札され(落札率96.0%)、総売り上げは281億4500万円(平均価格6470万1149円)という巨大なセリ市へと変貌。最高価格が5億円を超えることもしばしば起こり(ちなみに本セールの最高価格馬は、2006年の当歳市場で父キングカメハメハ、母トゥザヴィクトリーの牝馬が記録した6億3000万円)、サンデーサイレンス亡きあとも、本セール出身のディープインパクトやキングカメハメハの子どもたちが市場を引っ張っていった。

 そして、金子真人氏(現・金子真人ホールディングス)、近藤利一氏(故人)、島川隆哉氏、野田順弘氏(名義はダノックス)、里見治氏などの大物オーナーが一般ファンにも知られるようになり、彼らが1億を超える高額で次々に良血馬を落札する様子はセレクトセールの名物になった。

 同時に、馬主免許をとったばかりの新興オーナーも高額馬を競り落とす様子が多く見られるようになり、近年では「武豊騎手と凱旋門賞を勝つのが目標」と公言する松島正昭氏(名義はキーファーズ)や、『ウマ娘プリティダービー』で知られるサイバーエージェントの代表取締役社長である藤田晋氏が高額馬を落札。競走馬の取引をオープンでフェアなものにしていくという面でも、セレクトセールは大きな働きを果たしている。

 今年のセレクトセールは、7月8日(月)が1歳セッション、翌9日(火)が当歳セッション。計470頭程度が上場ずる予定となっている。上場馬の情報は日本競走馬協会のウェブページで見ることが可能で、セールはグリーンチャンネルでライブ中継されるので(ノンスクランブル放送)、エキサイティングなセリの模様と、仔馬たちの様子を楽しんでほしい。

 またこのテーマは奥深いものがあるため、時をはかりつつ追って記していきたい。

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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