武豊 (57歳)
- 生年月日
- 1969年3月15日
日本ダービー(98,99,02,05,13)
菊花賞(88,96,00,05)
天皇賞・春(89,90,91,92,99,06,16)
天皇賞・秋(89,97,99,07,08)
ジャパンC(99,06,10,16)
宝塚記念(89,93,97,05)
有馬記念(90,06)
他多数
言わずと知れた競馬の第一人者。その知名度は並の芸能人を遥かにしのぐ有名人で、日本競馬で唯一、競馬の領域を超えている人物ともいえるだろう。
2016年に他界した父は現役時代「魔術師」と呼ばれた名騎手。三男として生まれ、四男の幸四郎も騎手だったが、調教師に転身することとなった。
1987年のデビュー年に、いきなり新人最多勝の歴代記録を塗り替えた武豊騎手。そこから数え切れないほどの記録という記録を塗り替え続け、今では数多くの記録が彼だけに達成できた「前人未踏の記録」となっている。
ただ、この天才騎手が競馬界の枠を大きく飛び越えた不出世の存在に昇華したのは、ただ馬乗りが上手いだけでなく、トークがユーモアとセンスに溢れているからだ。
簡潔に述べれば、どういうことを話せば周りが喜ぶかを熟知しており、芸能人でも珍しい「スターの中のスター」の資質を持っている。この天才騎手の後継者を作ることが、長年の日本競馬界の最大の課題となっていると述べても過言ではない。
これまでG1を100勝以上しており、数多くの名馬に跨ってきたが、最も有名なのは2005年の三冠馬ディープインパクトとのコンビだ。第3次競馬ブームを巻き起こし、当時は大変な騒ぎになった。
翌年の春の天皇賞を勝った際、ディープインパクトに対して「これ以上、強い馬がいるのか」と発言したことが有名だが、その年の凱旋門賞であっさりと敗れた。今はそのリベンジを果たす相棒を探すことが、現役へのモチベーションの一つになっているようだ。
ただ「受賞歴」をご覧いただければわかるように2010年に大きな落馬事故に遭い、一時は引退説まで流れるほど追い込まれた時期があった。最近は低迷期を脱した感があるが、全盛期の驚異的な勢いがないことは確かだ。
武豊騎手がムチを置く日が、ある意味で日本競馬の最後の日。それくらい大きな存在であり、日本競馬はそれくらい武豊騎手に依存し続けている。
Ranking
11:30更新
JRA【三冠最終戦】菊花賞(G1)で散った二冠馬、辿り着けなかった二冠馬たち。ミホノブルボン、メイショウサムソン、ネオユニヴァース、トウカイテイオー、ドゥラメンテ
「宝塚記念で2億円ゲット」ミラクルおじさんは本当に存在したのか? オーナー反対も調教師が自分で出資して菊花賞挑戦…怪奇満ちるヒシミラクル伝説【競馬クロニクル 第13回】
JRA堀宣行調教師「パワハラ裁判」で敗訴。現代社会に取り残された”村社会”で、あの超大物調教師にもパワハラ疑惑が……- JRA 武豊「因縁」オーナーと5億円の復縁!? ワールドプレミア降板劇から突然の大物騎乗依頼、両者に交錯する「思惑」とは
- 武豊の大本命馬が「単勝137.9倍」に交わされた衝撃シーン…デビュー戦「シンガリ負け」コスモキュランダが目指す頂点
- 「シャフリヤールの激走はわかっていた」本物だけが知る有馬記念裏事情。そして“金杯”で再現される波乱の結末とは?
- 皐月賞(G1)クロワデュノール「1強」に待った!? 「強さが証明された」川田将雅も絶賛した3戦3勝馬
- 浜中俊「哀愁」の1年。かつての相棒ソウルラッシュ、ナムラクレアが乗り替わりで結果…2025年「希望の光」は世代屈指の快速馬か
- 【有馬記念】武豊×ドウデュースを逆転できる候補3頭!と絶対に馬券に加えるべき“隠れ穴馬!”
- JRA最高獲得賞金・テイエムオペラオー「行方不明」の実態。DQNファンの度重なる”異常行動”にゴールドシップやオグリキャップなど被害続々……











