JRA武豊「逃げて、差す」サイレンススズカ、コパノリッキーが体現した「最強」の形。未完の大器ジャックドールが目指すものと示した可能性
逃げて、差す――。
今年で160周年を迎えている近代競馬において「最強とは、どういった競馬なのか」ということを考える際、最有力候補の1つとして挙げられる競馬の理想形である。
極端な話、サイレンススズカのように逃げながらも、最後はディープインパクトのような末脚を発揮できれば、それはもう無敵と言ってもいいかもしれない。これが如何にめちゃくちゃな話であるのかは、競馬ファンなら誰もが理解していることだろう。
だが、その一方で「そこ」へ到達する可能性を示した馬は確実に存在している。
稀代の逃亡者サイレンススズカが伝説になった瞬間
例えば、先述したサイレンススズカが1998年の毎日王冠(G2)で見せたパフォーマンスは、まさに最強へ著しく近づいた競馬の理想形の1つと言えるだろう。
当時、現役最強と言われたサイレンススズカに、若きエルコンドルパサーとグラスワンダーが挑んだ歴史的な一戦。軽快に飛ばしたサイレンススズカは1000mを57.7秒で通過しながらも、上がり3ハロンは最速を記録したエルコンドルパサーと0.1秒しか違わなかった。
逃げ馬にこれだけの脚を使われては、後続に付け入るスキがあろうはずがない。レース後、主戦の武豊騎手が、後に競馬界を背負う2頭を子供扱いした異次元の走りを「逃げて、差す」と表現。稀代の逃亡者サイレンススズカが伝説になった瞬間だった。
「(楽勝で)ゴール前は遊んでました」
2017年の東京大賞典(G1)で引退レースを迎えたコパノリッキーは、田辺裕信騎手の言葉通り、ここで生涯最高のパフォーマンスを発揮している。すでに歴史的な逃げ馬だった本馬が、さらなる高みを目指したことには明確な理由があった。
「リッキーをあそこまで頑張らせたのは、やっぱりタルマエがいたからなんだ」
当時のダート界は、後に歴代最多記録となるG1・11勝を挙げた本馬と、G1・10勝を挙げたホッコータルマエとの2強時代。2014年の東京大賞典で両雄が激突したが、コパノリッキーはホッコータルマエに4馬身差の完敗を喫している。レース後、「もう一段、馬を変える必要があった」と“改革”を宣言したのが、オーナーのDr.コパこと小林祥晃氏だった。
具体的には、さらなるパワーを求めた馬体改造と「どこから加速してもスピードに乗れる」、つまりは逃げて、差す競馬を覚えること。白羽の矢が立ったのが、かつてサイレンススズカに騎乗した武豊騎手である。
打倒ホッコータルマエへ、武豊騎手がコパノリッキーに覚えさせたのは差す競馬だった。試行錯誤を繰り返したが、G1・9勝目となった2017年のかしわ記念(G1)では小林オーナーが安心して見ていられるほどの完成度だったという。
「逃げて逃げて、最後もしっかり伸びて、後ろの馬はどうしようもない。そんな競馬が、俺の理想だったんだ」
その後、コパノリッキーはそう語る小林オーナーの希望もあって、再び逃げ馬に転身。テンのスピードを取り戻すために3年連続出走していたJBCクラシック(G1)ではなく、あえて1200mのJBCスプリント(G1)に投入する“奇策”に出ている。レースでは2着に敗れたが、オーナーが「2000mの東京大賞典なら楽勝だ」と確信するほど、コパノリッキーは完成の時を迎えていた。
「オーナー、騎手と話し合って、思った通りの競馬をしてくれました。自分の形に持ち込めて『いい感じだな』と思って見ていました。こんなに強くなってくれるとは……という気持ちです」(村山明調教師)
そして、引退レースとなった東京大賞典は、オーナーの“予言”通りの完勝。逃げて、差したコパノリッキーは、最後は遊びながらも3馬身差の楽勝劇を演じている。
「最強」の形に挑む未完の大器ジャックドール
あれから5年。現役馬の中にも競馬の理想形「逃げて、差す」に挑もうとしている馬がいる。先週の札幌記念(G2)を制したジャックドールだ。
「この馬の持ち味は、平均的にほかの馬より大きく飛べて、なおかつその速いスピードを維持できること。その速いところから、さらにひとつ加速できるギアを持っているところなんです」
今週『netkeiba.com』で連載中の『競馬対談with佑』では、主戦の藤岡佑介騎手による緊急回顧が掲載された。詳細はぜひ記事をご覧いただきたいが、札幌記念の勝利はジャックドールの強みを最大限引き出した結果だったようだ。
「そこは本当に大きな武器だと思っています」
真夏の祭典を制したジャックドールの次走は、天皇賞・秋(G1)が予定されている。G1初挑戦となった春の大阪杯(G1)では5着に敗れて“壁”にぶち当たってしまったが、秋はひと味違う姿が見られるかもしれない。
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