武豊でさえ「強烈に嫉妬」した有望騎手の偉業、オグリキャップにも騎乗した若手を襲った「30年前の悲劇」

今からちょうど30年前の1993年2月16日。24歳の若手騎手が天国へ旅立った。
デビューから5年間で、通算225勝を挙げた岡潤一郎騎手である。
1988年、栗東の安藤正敏厩舎からデビューすると、1年目に44勝を挙げ、JRA賞(最多勝利新人騎手)を獲得。2年目には出身地の北海道・札幌競馬場で5連続騎乗勝利という当時のJRA記録も樹立した。
重賞初勝利は3年目の5月。当時、日本ダービー(G1)のトライアル競走として行われていたNHK杯(G2)をユートジョージで勝利すると、4年目の秋にはエリザベス女王杯(G1)で初のG1制覇を達成。将来有望な若手騎手の一人として、大きな注目を浴びていた。
しかし、6年目の1月、悲劇は突然訪れた。騎乗したオギジーニアスが最後の直線で故障を発生。その際、落馬した岡騎手は直線で加速してきた後続馬と接触してしまったのだ。頭部を負傷した岡騎手はただちに救急搬送されたものの、意識が回復しないまま17日後に帰らぬ人となった。
あの落馬事故から12年後の2005年。岡騎手の墓前で手を合わせていたのは、今なお現役で活躍中の武豊騎手である。
武騎手は自身の公式サイトの『武豊日記』で、「北海道の様似町へ」(2005年2月16日付)と題したエントリーに当時の思いを書き記していた。
「岡潤一郎君の13回忌のお参りに来ています」
開催の合間を縫って、北海道へ駆け付けたことを報告した武騎手。「彼はボクの1年後輩で、オグリキャップにも乗ったことがある若手のホープでした」と、時代を彩ったアイドルホースにも騎乗したことがある後輩に思いを巡らせた。
実は武騎手はこの日記を書く直前の週に、岡騎手と同じ「騎乗機会5連続勝利」を達成。それを踏まえて、「たしかデビュー2年目でしたか、地元の札幌開催で『騎乗機会5連続勝利』というすごい記録をやってのけて」とデビュー2年目の岡騎手が成し遂げた大記録を回顧。そして「『いいなあ。ボクもやってみたいなあ』と強烈に嫉妬したのを覚えています」と後輩の快挙に羨ましい気持ちがあったことを明かした。
余談ではあるが、武騎手は同年9月18日の阪神11Rから同24日の阪神9Rにかけて騎乗機会7連勝を記録していることも付記しておく。
武騎手や岡騎手がデビューした1980年代後半は、第二次競馬ブームに差し掛かった頃。武騎手を筆頭に、横山典弘騎手や角田晃一騎手、松永幹夫騎手(ともに現調教師)といった若手が東西でしのぎを削っていた。
2年目にして武騎手も羨む大記録を達成し、4年目にしてG1タイトルを獲った岡騎手。その後も安定した成績を残しており、まさにこれからという時だった。もしかすると、1993年の悲劇がなければ、長らく続いた“武豊一強時代”の景色もほんの少し違ったものになっていたかもしれない。
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