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伝説の大種牡馬ノーザンテースト誕生秘話。生産者から落胆の声も、不評を跳ね返した歴史的活躍と「社台グループ」の先見の妙【競馬クロニクル 第18回】

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 社台ファームノーザンファーム、追分ファーム、社台コーポレーション(白老ファーム)と、4つの柱で日本競馬を牽引する社台グループ。

 愛馬会法人(クラブ法人)の社台レースホース、サンデーレーシング、G1レーシングなども含めると、生産と競走の両面においてG1ホースを多数送り出し、圧倒的な存在感を示す競馬界の“巨人”になっていることを実感する。

 グループの発展が、日本競馬史上において未曽有の成功を収めた種牡馬、サンデーサイレンスによってもたらされたことをご存じの方は多いだろう。

 だが、サンデーサイレンスの導入に至るまでの社台グループの苦闘を知る人は、あまりいないかもしれない。今回は種牡馬を通して、グループ成長の軌跡を追っていきたい。

 畜産家、吉田善助は北海道の白老地区に土地を購入。「社台牧場」の名でサラブレッドの生産にも着手していた。1921年、善助の三男として生まれた善哉は、千葉県富里にある分場の場長を任されたものの、戦局の悪化で苦心し、自らも結核で1年間の療養を余儀なくされる。父の善助が1945年1月に死去し、2人の兄が病に冒されたため分場のいくつかは閉鎖に追い込まれてしまった。

 太平洋戦争が終結すると、農地解放でGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に千葉の分場を接収されるが、これを払い下げという名目で取り戻すと、1953年にこの土地(牧場)を「社台ファーム」と名付け、父・善助が起こした社台牧場から独立する。これが事実上、現在の「社台グループ」の基礎となった。

 独立した吉田善哉は積極的に海外を訪れては人脈を広げ、1955年以降、自ら海外から種牡馬の導入を始める。

 しかし、欧米では日本が競馬をやっていることさえ知らない関係者が多かった時代。そう簡単に優秀な馬を手に入れることはできず、失敗の連続だった。

 それでもめげずに何度も欧州を訪れた善哉は1961年、ついに成功の端緒を掴む。現役時代に仏2000ギニーを制し、種牡馬としても愛セントレジャーの勝ち馬を出していたガーサント(Guersant)を買い受けることに成功した。

 購買価格は当時の金額で3000万円を超えていたというから決して安い買い物ではなかったが、善哉は「今となっては、よくあんな大物を売ってくれたものだと思う」と述懐している。

 ガーサントは初年度産駒からオークスを制したヒロヨシを送り出し、その後もニットエイト(菊花賞、天皇賞)、コウユウ(桜花賞)、シャダイターキン(オークス)などの大物産駒を輩出。1970年にはリーディングサイアーに輝くほどの活躍を見せた。

 余談だが、ガーサントの仔には道悪巧者が多かったため、産駒がレースに出るたび「雨雨降れ降れガーサント」と、「母さんと」の部分を駄洒落でもじった童謡がよく歌われたという話が伝わっている。

 しかし、成功は続くものではない。その後も天皇賞馬ニチドウタローを出したエルセンタウロなども輸入したが、ほとんどは失敗に終わった。

 そこで善哉は大きな決断を下す。種牡馬を買うのではなく、若駒をセリで買い、競走生活を終えたあとに種牡馬として日本へ導入する、という算段である。

 1972年、善哉は長男の照哉を米国のサラトガセールへ送り込んだ。指示されたのは、欧米を席巻しつつある種牡馬、ノーザンダンサー(Northern Dancer)の仔、その「一番馬(一番いい馬)」を買うことだった。

 命を受けた照哉は、父のノーザンダンサーに似て小柄な牡馬を10万ドル(当時のレートで約3000万円)で競り落とした。ノーザンダンサー産駒がのちに100万ドルホースが出るほどに暴騰することを考えれば、これは善哉の先見の明によって成されたリーズナブルな買いものであった。また同時に、父のノーザンダンサーが小柄だったという知見から臆せず本馬をセリにいった照哉の功績でもある。

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 ノーザンテーストと名付けられたその小柄な牡馬はフランスの厩舎に預託され、2歳時にG3を2勝した。3歳になると英国のクラシックに挑戦し、2000ギニーで4着、ダービーで5着に健闘。その後、フランスのG1、フォレ賞で勝利を挙げるなどの活躍を果たし、1975年から予定どおり日本で種牡馬入りした。

 ついにノーザンダンサー直仔の種牡馬がやってきたと生産者は大いに期待したが、お披露目されたノーザンテーストを見ると、その小柄さに落胆の声が盛んに聞かれたという。

 余談だが筆者はノーザンテーストを目の前で見たことが何度かあるが、初見の際にはその体高の低さと穏やかさにかなり驚き、「この可愛らしい馬が!?」という、前述の生産者と同じような感想を抱いた。

 そして彼が現役を引退したあとの晩年には、係の方に「よかったら触ってみますか」との誘いを受け、放牧地に入って直接触ってみたことがある。何度も顔や首を撫でるという至福のときを過ごしたのだが、係の方が言うとおり、怒った素振りは微塵も見せず、ノーザンテーストは我関せずとでも言うように、ただじっと静かに佇んでいた様子が脳裏に残っている。

 しかし、生産者の印象とは裏腹に、ノーザンテーストは種牡馬として恐るべきポテンシャルを発揮する。

 アンバーシャダイ(有馬記念)、シャダイソフィア(桜花賞)、シャダイアイバー(オークス)、ダイナカール(オークス)、ギャロップダイナ(天皇賞、安田記念)など、G1(級)レースの勝ち馬を次々に送り出し、1986年には「ダービー馬を生産したい」という善哉の夢をダイナガリバーが叶え、レース後には涙を流して喜びに浸ったという。

 一方、ビッグレースを制するだけではなく、ノーザンテーストは産駒に堅実さや、壁に当たっても再度成長を見せるタフさも伝える。1982年にリーディングサイアーの座に就くと、11年連続でその座を守るという偉大な記録を作り、1979年から1996年まで18年連続で重賞勝ち馬を送り出す快挙も達成している。

 またブルードメアサイアー(母の父)としても、1979年から2006年まで15年連続でトップを譲らなかった。

 ノーザンテーストはその後もアドラーブル(オークス)を出すなどの活躍を続け、1999年に少数種付けしたのちに現役を引退。功労馬として社台スタリオンステーションで穏やかな余生を送り、2014年の暮れに老衰で死亡。齢33歳という大往生だった。

 手元にある記録によると、社台ファームは1977年から、善哉の死(1994年)によって冒頭に記した4つの柱に分割されるようになる1998年まで生産者(生産牧場)ランキングで首位を続け、不動の地位を築き上げた。

 この隆盛がノーザンテースト抜きに語れないことは言をまたない(ちなみに1999年以降は現在もノーザンファーム、社台ファームによって首位を占められている)。

 最後に一冊の書物を紹介しておきたい。JRA賞馬事文化賞とミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した大著で、吉田善哉と親交が深かった作家、吉川良氏による『血と知と地-馬・吉田善哉・社台』(ミデアム出版)は、社台ファームが成功にいたる歴史を細部にわたって記した名著。kindle版で手に入るので、ぜひご一読をお勧めしたい。

(文中敬称略。ランキングのデータは中央競馬のみのデータをもとにしている)

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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