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「宝塚記念で2億円ゲット」ミラクルおじさんは本当に存在したのか? オーナー反対も調教師が自分で出資して菊花賞挑戦…怪奇満ちるヒシミラクル伝説【競馬クロニクル 第13回】

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 2003年の宝塚記念(G1)を覚えているだろうか。

 勝ち馬の名前は? 誰が乗っていた? どんな配当だったか?

 20年も前のことだと記憶が怪しくなっている人も多いだろうが、「ミラクルおじさんの宝塚」と言えば思い出すのではないか。

 そう、ヒシミラクルが歴戦のG1ホースをなぎ倒し、億単位の払戻金を受け取ったとされる「ミラクルおじさん」の伝説を産み出した、あの宝塚記念である。

 噂の発端は、単勝オッズの極端な動きだった。前日売りでヒシミラクルに1222万円もの大量投票が行われ、それまで10倍近くあったオッズが何と1.7倍まで一気に下がったことがJRA-VANのデータ上で判明したのである。当日のスポーツ紙で報道されたこともあり、この驚きの動きは多くのファンの知るところとなった。

 すると、この噂にはだんだんと尾ひれがついていく。

 馬券を買ったのは中年のサラリーマンである。

ミラクルおじさんは本当に存在したのか?

 今回投じた1222万円もの単勝馬券の原資は、安田記念(G1)のアグネスデジタルの単勝馬券。オッズ9.4倍なので、130万円分買ったに違いない。

 さかのぼって、その原資は日本ダービー(G1)を制したネオユニヴァースの単勝馬券で、50万円の元手をオッズ2.6倍で130万円にした。

 こうした辻褄合わせとも言える一種の“妄想”は膨らみ続けた。

 結果、ヒシミラクルは宝塚記念に優勝。オッズが16.3倍あったため、そこへ1222万円を投じた“中年のサラリーマン”は1億9918万6000円を手にしたはずだ…。このプロセスには諸説あるが、いずれにしろこうした道程をたどって「ミラクルおじさん」という都市伝説的な人物像が出来上がったのである。

 さて、この年の春の古馬中長距離路線で波乱の目となったヒシミラクルに話を移そう。

 ヒシミラクルは、父がマイルCS(G1)を勝ったサッカーボーイ、母がシュンサクヨシコ(父シェイディハイツ)という血統の芦毛の牡馬。日高農協トレーニングセールで650万円(税別)というリーズナブルな価格で、“ヒシ”の冠号で知られる馬主の阿部雅一郎氏に落札され、のちに栗東トレーニングセンターの佐山優厩舎へと預託される。

 1勝を挙げるまでは苦労の連続だった。2歳の8月に小倉でデビューするが7着に終わると、それからは連戦連敗。初勝利を挙げたのは翌年の5月のこと。クラシック戦線が本格化した時期になって、キャリア10戦目でようやく白星を勝ち取った。

 とにかくタフだった彼はその後も間隔を詰めてレースを使われるが、芝の中距離戦に照準を絞ったことが功を奏して、成績が徐々に安定してくる。

 1勝目を挙げたあとは、2着を経て次走に優勝。その後も3着、3着としたのち、野分特別(当時1000万下)という芝2000mの特別戦で3つ目の勝ち鞍をもぎ取った。

 ようやく重賞に出走できるだけの収得賞金を得たヒシミラクルは、神戸新聞杯(G2)に挑戦する。だが、さすがにここでは“家賃”が高すぎたか、勝ったシンボリクリスエス(次走で天皇賞・秋(G1)に優勝する)から1秒3離された6着に終わった。

 ここでひとつ困ったことが生じる。

 出走は抽選対象にはなるが、調教師の佐山は「ステイヤーの要素が強い」ヒシミラクルをどうしても菊花賞へ出走させたかった。しかし、未勝利脱出までに10戦と、大きな期待を寄せられてはいなかった彼には「クラシック登録」が無かったのである。

「クラシック登録」とは、他の重賞や特別戦とは別に、5つのクラシック競走へ出走するため事前に出走の申し込みをしておく必要があり、そのシステムのことを指した。

 初期の登録は数万円で済むこの登録だが、レース直前になると当時で200万円もの追加登録料が必要だった。

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撮影:Ruriko.I

 オーナーの阿部は、勝算は無きに等しいと彼が考えた菊花賞へ高額の追加登録料を払ってまで出す気はなかった。しかし、佐山はどうしてもヒシミラクルに淀の3000mを走らせたかった。そして200万円の登録料は阿部に無断で佐山が立て替えて支払った。

 そして、出走枠の残りが8分の3という抽選をクリアして、ヒシミラクルは菊花賞の舞台に立つことになった。

 日本ダービー(G1)の覇者タニノギムレットはすでに屈腱炎により引退、神戸新聞杯で大きな差を付けられたシンボリクリスエスが天皇賞・秋へ進むなか、1番人気に推された皐月賞馬のノーリーズンがいきなりスタート直後に落馬・競走中止という波乱の出だしとなった菊花賞。

 単勝10番人気となったヒシミラクルは序盤には馬群の後方を進むと、2周目の向正面から徐々に進出を開始。第3コーナーの下り坂を使って一気に先頭集団をも飲み込む勢いで直線へ向く。そしてすぐに前の2頭を交わして先頭に躍り出ると、後方から猛追してきたファストタテヤマに馬体を並べてゴール。

 結果はヒシミラクルがハナ差制して、初重賞制覇をG1で飾るという“奇跡”を演じ挙げたのだった。

 その後ヒシミラクルは、有馬記念(G1)が11着、翌年の阪神大賞典(G2)が12着、大阪杯(G2)が7着と、3回続けて大敗を重ねた。そのため「菊花賞勝ちはフロックではないのか」というような悪評まで立つようになってしまった。

 しかしどっこい、ヒシミラクルはまだ終わっていなかった。得意な“淀の長距離戦”、天皇賞・春(G1)で大復活を遂げるのだ。

 単勝7番人気でレースを迎えたヒシミラクルは、例によって序盤は後方待機。第3コーナー付近から進出を開始すると直線入口で中団まで押し上げる。すると、そこから豪快なストライドでグングンと先行勢を飲み込みながら先頭に躍り出て、追い込んできたサンライズジェガーを半馬身抑えて見事、2つめのビッグタイトルを手にした。

 こうなると、ヒシミラクルの勢いは簡単には止まらない。

 次走の宝塚記念は、前年の年度代表馬であるシンボリクリスエスをはじめ、G1レース6勝という実績を誇るアグネスデジタル、春のクラシック二冠馬ネオユニヴァース、本レースの前年覇者ダンツフレーム、他にもタップダンスシチーなどのG1ホースも集結。「宝塚記念史上最高の豪華メンバー」と言われるほどのビッグネームが顔を揃えたのだった。

 これだけの顔ぶれが揃えば仕方がないであろうし、同時に2200mは少し距離が短いのではないかという疑問もあって、ヒシミラクルは前走でG1を制しているのもかかわらず単勝6番人気に甘んじた。

 ところがどうだろう。直線へ向いてシンボルクリスエスやタップダンスシチーが先頭争いを演じている外から豪脚を繰り出したヒシミラクルは彼らを交わして先頭に立つと、最後方から追い込んできていたツルマルボーイをクビ差抑えてまたも勝利を収めたのだ。

 その後は勝利を挙げることができなかったヒシミラクルは上位人気でG1を勝ったことがない“意外性のスーパーホース”として多くのファンの記憶に刻まれた。それは同時に「ミラクルおじさん」伝説を完遂させた存在、と言ったほうがいいだろう。

 それにしても「ミラクルおじさん」は本当に存在し、そのとき2億円近い払戻しを受け、いまは何をしているのか。20年も経ったいまでも気になる“伝説”である。(敬称略)

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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