
トウカイテイオーが引退した日、花を添えたのは――。史上初の三冠馬対決から7年、血は巡り、そして絡み合う【競馬クロニクル 第5回】
クラシック競走における『牡馬三冠馬』は、1941年のセントライトから2020年のコントレイルまで計8頭いるが、2年連続で三冠馬が誕生するという奇跡は一度しかない。ミスターシービー、シンボリルドルフが達成した1983、1984年がその「黄金の2年」である。
ミスターシービーの父は、美麗な馬体とスピード豊かな走りで“天馬”と呼ばれ、種牡馬としても内国産馬には異例の大成功を果たしたトウショウボーイ。母も重賞3勝を挙げる活躍を見せたシービークインと、当時としては血統的にかなりレベルの高い配合と言えた。
母の初仔として生まれた牡馬は、競走馬生産の名門である千明牧場(Chigira Bokujou)の頭文字「C」と「B」をとり、牧場を代表する馬になるという思いを込めてミスターシービー(Mr.C.B.)と名付けられた。(余談になるが、評論家の井崎脩五郎氏は、ミスターシービーがデビューする前から、「トウショウボーイとシービークインの仔がダービーを勝つ」と予言したことが知られている)。
ミスターシービーのレースは、ファンをいつもヒヤヒヤさせた。それは道中は後方を進み、第3コーナー過ぎから追い込むという危なっかしい戦術によるところが大きかった。
たとえば日本ダービーでは第4コーナーから追い上げるときに他馬と接触し、進路妨害すれすれの危ういシーンが問題になった。優勝こそ認められたが、手綱をとった吉永正人騎手には4日間の騎乗停止の処分が下されるほど際どいものだった。
また菊花賞も“掟破り”と言われる破天荒なレースを見せた。一般的に第3コーナーの前にある上り坂、下り坂はゆっくり走らせるのが常識とされていたが、シービーは坂の上りから進出を開始すると、下り坂で一気に加速して先頭に立ち、そのまま押し切ってしまったのだ。
のちに吉永騎手が明かしたように「本質的にはマイラー」であるシービーに距離の壁を克服させるためにとった後方一気の追い込み戦法ではあったが、その破天荒なレースぶりは熱烈なファンを産んだ。
一方のシンボリルドルフは、神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ一世にちなんで付けられた馬名に相応しく、中団から差し切るという堂々たるレースぶりで、中央競馬初となる無敗での三冠制覇を達成。
第3コーナーでもなかなか動こうとしなかったため「苦戦した」と言われがちな日本ダービーでも、のちに岡部幸雄騎手が「ルドルフに『まだ慌てなくてもいいぞ』と教えられたような気がする」と述べたように、直線へ向くときっちり先団を差し切って優勝。ファンからは「ルドルフが強すぎて面白くない」という、いささか捻れた不満さえ出始める有様だった。
ミスターシービーとシンボリルドルフ、1歳違いの三冠馬同士での直接対決は3度あった。
1984年のジャパンCではルドルフが3着、シービーが10着。同年の有馬記念ではルドルフが優勝、シービーが3着。翌年の天皇賞・春ではルドルフが優勝、シービーは5着。すべてのレースでシンボリルドルフが先着という結果となった。
ミスターシービーは86年から種牡馬入り。初年度産駒からヤマニングローバルら重賞勝ち馬を3頭出して上々の滑り出しを見せる。片やシンボリルドルフは87年に種牡馬入り。初年度産駒からいきなり送り出したのがトウカイテイオーだった。
迎えた1991年、クラシック三冠の第一弾、皐月賞。デビューから2着以下をものともしない4連勝で臨んできたトウカイテイオーが単勝オッズ2.1倍で1番人気に推され、“一強ムード”に包まれていた。
レースはトウカイテイオーがスムーズに5番手に付けると、第3コーナーから徐々に位置を押し上げて直線へ。すると、ほとんど“馬なり”で先頭に躍り出て、勝利を確実なものとしたため、馬券を握りしめていたファンの注目は2着争いに移った。
そこへ猛然と追い込んできたのは、単勝オッズ75.7倍、16番人気のシャコーグレイド。ミスターシービーが種牡馬入りして2年目に送り出した仔だったのだ。
勝てなかったとはいえ、トウカイテイオーに1馬身差まで迫る、予想外の激走だった。
まさかルドルフの仔とシービーの仔で決まるとは……。多くのファンが驚き、また何やら因縁めいたものを感じさせられた。
その後、何度もの骨折や故障に苦しみながらもジャパンC、有馬記念を制したトウカイテイオーの種牡馬入りが決まり、94年10月23日、東京競馬場で引退式を行った。
そして、その日の東京競馬のメインレース、東京スポーツ杯(OP)で勝利を挙げたのはシャコーグレイドだった。
父と仔。血は巡り、そして絡み合う。競馬の面白さの一断面がここにある。
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