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「怪物2頭」がサイレンススズカに挑んだ伝説の毎日王冠!G1級の盛り上がりにファン大興奮【競馬クロニクル 第68回】

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 この日本ダービー(G1)並みかそれ以上の入場人員を叩き出したG2レースがある。1998年の毎日王冠(G2)だ。

 当時は天皇賞・秋(G1)を目指す多くの馬がステップとして選んでいたレースだけあって、G1ウィナーがたくさん顔を揃えることが多く、毎日王冠が“スーパーG2”と呼ばれていた。カツラギエース、サクラユタカオー、オグリキャップ(2回制覇)、ダイタクヘリオス、シンコウラブリイ、バブルガムフェローなどなど……。グレード制が導入された1984年以降の主な勝ち馬の名を挙げていくだけでも、毎日王冠の格の高さがわかろうというものだろう。なかでも1989年にオグリキャップがイナリワンと繰り広げた鼻面を揃えての火の出るような叩き合いを、彼のベストパフォーマンスに推す声も少なくない(筆者もそのひとりだ)。

「怪物2頭」がサイレンススズカに挑んだ伝説の毎日王冠

 しかし、レース前からの盛り上がりという意味では1998年に勝る年はない。

 何せ顔合わせがすごかった。

 大胆な大逃げを自らのスタイルとしてから快走を続け、競馬シーンを熱狂させているのが宝塚記念(G1)を含み5連勝中のサイレンススズカ(牡4歳)。デビューから無敗の5連勝でG1のNHKマイルCを制した破格の外国産馬エルコンドルパサー(牡3歳)。故障による休養明けになるものの、こちらもデビューから4連勝で前年秋のG1、朝日杯3歳S(現・朝日杯フューチュリティS)を制しているグラスワンダー(牡3歳)。無敗の3歳馬2頭の戦いだけでも胸熱なレースになること必定なのに、そこへ日本競馬の歴史を引っ繰り返しかねない稀代の逃げ馬が参戦するのだから、ファンにとってはたまらない!

 レース前にはいくつかの話題もあった。

 その一つは、エルコンドルパサーとグラスワンダーの主戦騎手である的場均がどちらの馬を選ぶかというポイントだった。グラスワンダーの具合が好調時にまで戻り切らないこともあって調教師の尾形充弘は「エルコンドルパサーに乗ってはどうか」と勧めたというが、「どっちも走る。どちらが強いか分からないからつらいんだ」と悩みに悩んだ末にグラスワンダーを選んだ。その結果、エルコンドルパサーは蛯名正義が手綱をとることになるが、これは的場にとっては運命の選択だったことがあとになって明らかになる。

 また、毎日王冠は賞金別定戦であるため、サイレンススズカは初となる59㎏を背負うという点にも注目が集まった。自身が酷量を背負う一方、エルコンドルパサーは57㎏、グラスワンダーは55㎏と恵まれており、かなりの不利だと見る向きもあった。

 しかし手綱をとる武豊は「斤量は楽ではないですし、強い3歳馬も2頭いますが、サイレンススズカのペースで行くだけ」と強気にコメントすると、調教師の橋田満は「みなさん競馬場へ来てください。素晴らしいレースをお見せできるでしょう」と、こちらも自信に満ちた言葉を発して、来る“大一番”をすすんで盛り上げた。

 当日、筆者はいつもより早めに競馬場へ入ったのだが、午前中からいい意味で雰囲気が異常だった。「今日ってG1だったか?」と錯覚するほどに場内は観客であふれ、しかもその多くがメインレースを待ちきれずにソワソワ、ザワザワするという、あのビッグレース特有の祝祭的な空気感に包まれていたのだ。

 “三強”の出走に他陣営は腰が引けたが、レースは少頭数の9頭立て。G1並みの盛大な歓声のなかでスタートが切られると、サイレンススズカがダッシュの違いで先頭に立ち、じわじわと後続を引き離すが、いつもと違って大逃げのかたちにはならず、2馬身ほどの差をつけて気持ちよさそうに疾駆する。多くのファンは大逃げでないことに頭をひねったようだが、タイムを見るとその疑問は雲散霧消する。スタートから1ハロンごとのタイムを示すと、12秒7-11秒0-10秒9-11秒4-11秒7という速いラップを刻み、1000mの通過はなんと57秒7! サイレンススズカでなければ「暴走」のひと言で片付けられそうな超ハイペースでの逃げだったのだ。

 このペースに付いていこうとした先行勢は、グラスワンダーを含めて直線手前で脚が上がってしまう。坂下でちらりと後ろを見やった武豊が徐々に仕掛けると、後続との差は数馬身まで開いて、もはやセーフティリードと言える差を付けて勝負を決めてしまう。坂を上がってからエルコンドルパサーが外から猛追するものの、2馬身半まで差を詰めるのがやっと。斤量差などものともせず、3歳“二強”を難なく退けてしまった。

 熱狂するファンの前を通ってサイレンススズカと本馬場から引き揚げてきた武は感想を訊かれて、「気持ちよかったですね。強かったです。他の2頭は気にせず、自分のペースを守ることに集中していましたが、イメージ通りの競馬ができました。強かったですね」と興奮を抑えきれない様子でインタビューに答えた。

 一方、2着まで追い込んだエルコンドルパサーの蛯名は、「手応えはあったし、十分に射程圏内だと思いましたが、まったく止まりませんでしたね。前にいたサイレンススズカにあれだけ伸びられては仕方ないです」と、完全に白旗を挙げるようなコメントを残している。

 運命のレースを終えたあと、3頭は別々の道行をたどることになる。

 サイレンススズカは天皇賞・秋の最終コーナー手前で不慮の事故に遭い、ゴールを果たせぬまま天へと旅立った。

 エルコンドルパサーは次走のジャパンC(G1)を圧勝したのち、翌年にはフランスへ長期遠征を敢行。サンクルー大賞(G1)、フォワ賞(G2)を制し、凱旋門賞(G1)ではあと一歩で逃げ切りというシーンを作りながら名馬モンジューと激しい叩き合いの末、半馬身差の2着に入る健闘を見せた。

 グラスワンダーは体調不良や脚部不安と戦いながら、この年の有馬記念(G1)を快勝し、翌1999年には宝塚記念に優勝。有馬記念ではスペシャルウィークとの歴史的な激闘をハナ差で制して連覇を成し遂げた。

 不世出の3頭が交錯して放たれた一瞬のまばゆい輝き。それが1998年の毎日王冠、日本競馬史上最高のG2戦だった。(文中敬称略)

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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