JRA「平成」ダービー列伝「武豊5勝」「3頭の三冠馬誕生」「数々の名勝負」
ご存知の通り来年から元号が変わる。つまり「平成」で行われる日本ダービーは今年が最後なのだ。今年は平成30年、つまり過去に29回の日本ダービーが行われたわけだが、そこには日本競馬史に残る様々なドラマ、名馬、名勝負があった。そこで今回は独断と偏見で後世に伝えたい「平成ダービー」を紹介しよう。

【1990年:アイネスフウジン】
レース当日は東京競馬場に世界レコードとなる入場者19万6517人が集結。その観衆を前に2分25秒3のレースレコードで逃げ切り勝ちをおさめ、レース後には圧巻のナカノコールが響き渡った。しかしレース後に脚部不安が発症しそのまま復帰することなく引退。日本競馬史に残るナカノコールは、今も古い競馬ファンの語り草となっている。
【1991年:トウカイテイオー】
無敗の三冠馬である父シンボリルドルフに続き、無敗で皐月賞と日本ダービーを優勝。前年のナカノコールに続きヤスダコールが響き渡った。その圧倒的内容から三冠達成が確実視されたが、ダービー終了後に骨折が判明して休養。古馬になってジャパンカップを勝利、そして1年ぶりのレースとなった暮れの有馬記念も優勝とドラマチックな馬だった。
【1993年:ウイニングチケット】
馬名は勝ち馬投票券の英語表記。19回目の挑戦にして、柴田政人騎手に涙のダービー初制覇をもたらした名馬だ。皐月賞馬ナリタタイシン、後の菊花賞馬ビワハヤヒデとの三強対決に熱くなったファンも多いはず。ゴール前の叩き合いはダービー屈指の名勝負、一見の価値あり。
【1994年:ナリタブライアン】
平成最初の三冠馬。シャドーロールが特徴の黒鹿毛馬で、兄は前年の菊花賞馬ビワハヤヒデ。皐月賞はコースレコードで3馬身2分の1の快勝。日本ダービーでも圧倒的強さで2着に5馬身差を付け、菊花賞では7馬身差の勝利だった。暮れの有馬記念も快勝して年度代表馬に選出。平成最強候補の一頭に選ばれる馬だろう。
【1996年:フサイチコンコルド】
デビュー3戦目でまさかのダービー制覇を達成。体質が弱く皐月賞は熱発で回避、何とか出走にこじつけた日本ダービーは7番人気の低評価。しかしゴール前で1番人気ダンスインザダークを退けた勝負根性はお見事。オーナーの関口房朗氏はアメリカのケンタッキーダービーをフサイチペガサスで勝利し、唯一の日米ダービーオーナーでもある。
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