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「ヒール(=悪役)」の役割を背負った悲運の名馬。「淀に愛され、淀に眠った」ライスシャワーの全身全霊をかけた走り【競馬クロニクル 第6回】

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「ヒール(=悪役)」の役割を背負った悲運の名馬。「淀に愛され、淀に眠った」ライスシャワーの全身全霊をかけた走り【競馬クロニクル 第6回】の画像1

 今回で167回を迎える天皇賞。1937年の暮れに創設され、なお日本競馬の最高峰であるこのレースも、今のかたちになるまでにはいくつもの変更を重ねてきた。

 大きな変更としてまず挙げられるのは、秋開催の距離短縮である。

 従来は春秋とも芝3200mで行われていたが、世界的に長距離レースの価値が低下しつつあるトレンドを背景に、1981年に外国馬を招待して行う国際レース、ジャパンCを創設するなど「日本競馬の国際化」を目標に設定したJRAは、1984年のグレード制導入と時を同じくして、東京競馬場で行われる秋開催を2000mへと一気に短縮したのである。

 もう一つの大きな変更点は「勝ち抜け制」の廃止である。

「勝ち抜け制」とは、一度優勝した馬は以降、春秋にかかわらず天皇賞に出走できないというルールである。これは天皇賞の前身である帝室御賞典競走からのならわしだった。
 
 しかしこのルールによって、優勝馬が抜ける次節の天皇賞の陣容が手薄になってファンの興味を削ぐケースは以前から少なくなかった。そうした声を受けるかたちで1981年からは、優勝した馬も再度出走できるようにルールが変更された。

 たとえば“五冠馬”シンザンや、“野武士”のニックネームで愛されたタケシバオーなどの名馬たちが天皇賞に関しては1勝ずつしか挙げられていないのは、この「勝ち抜け制」が原因となっていた。

「勝ち抜け制」が廃止されてから7年が経った1988年、史上初の天皇賞2勝馬が生まれる。オグリキャップとの激闘が名高いタマモクロスがその馬で、この年の春と秋を連覇して歴史に名を刻んだ。

 その後もスーパークリーク、スペシャルウィークが春秋で2勝を記録している。そして2000~2001年にはテイエムオペラオーが春→秋→春と史上初の3連覇を達成。のちにキタサンブラックも3勝を挙げているが、これは2016~2017年に春→春→秋の順に制したもので(2016年の秋は不出走)、3連覇というテイエムオペラオーの偉業は、いまだ彼しか手にしていないオンリーワンの偉大な記録である。

 他にも2勝馬にはメジロマックイーン、ライスシャワー、フェノーメノ、フィエールマン(以上、春2勝)、シンボリクリスエス、アーモンドアイ(以上、秋2勝)がいる。言うまでもないだろうが、いずれ劣らぬ名馬ばかりである。

 さて、上記のように偉大な蹄跡を残した馬たちのなかでも、あいだに1年はさんで2勝を挙げた珍しい例が一つある。ライスシャワーがその馬だ。

「ヒール(=悪役)」の役割を背負った悲運の名馬。「淀に愛され、淀に眠った」ライスシャワーの全身全霊をかけた走り【競馬クロニクル 第6回】の画像2

 ライスシャワーは3歳時、日本ダービーでミホノブルボンの2着に食い込んで頭角を現す。そして秋には、自らに流れるステイヤーの血が覚醒。菊花賞では先頭に立って逃げ込みをはかるミホノブルボンを鋭く差し切ってライバルの三冠を阻止するかたちでG1初制覇を果たした。

 そして翌93年には、春の天皇賞で史上初となる3連覇を狙うメジロマックイーンと対決。道中から徹底的に王者をマークしながら進むと、直線半ばでライバルを競り落とし、ゴールでは2馬身半もの差を付けてレコードタイムで圧勝した。ミホノブルボンにかかった三冠制覇、メジロマックイーンにかかった3連覇という夢を断ち切る勝利によって、彼は不本意にも「刺客」というヒール(=悪役)の役割を背負わされることになった。

 その後、ライスシャワーはスランプに陥ったばかりか、翌春には天皇賞・春連覇に向けて栗東で調教が積まれるなか、重度の骨折という不運に見舞われる。幸いにも回復は早く、同年の有馬記念への出走に漕ぎ付けた。ここでは三冠を制したばかりのナリタブライアン、ヒシアマゾンに次いで離れた3着に入って意地を見せたが、翌95年に入っては人気を背負いながら2回続けて6着に惨敗。もう彼の時代は終わったという声が大勢を占めた。
 
 そして、7歳にして迎えた自身3度目の天皇賞・春。そこにはかつてしのぎを削ったミホノブルボンもメジロマックイーンもいなかった。

 ゆったりとしたペースのなか中団を進んだライスシャワーは、2周目の向正面からギアを上げて猛然とスパートすると第3コーナーでは早くも先頭に立った。全盛期の走りは望めないと感じていた鞍上・的場均騎手の、下り坂の惰性を使って粘り込みをはかろうという直感から導かれた窮余の策だった。

 直線に入るとライスシャワーは渾身の走りで、ひたすらにゴールを目指す。後続馬群は伸びあぐねていたが、その外からステージチャンプが猛追。内と外に離れて息詰まるような叩き合いとなり、2頭はほとんど同時にゴールへ飛び込んだ。その直後、ステージチャンプを駆った蛯名正義騎手は差し切ったと感じ、咄嗟に右腕を空に向けて突き上げた。

 しかし、結果は写真判定に委ねられ、ライスシャワーが僅かにハナ差、先着していた。
 
 これが彼にとって2度目の天皇賞・春制覇であり、2年前のこのレース以来、実に728日ぶりの勝利だった。多くのファンが小柄なベテランの全身全霊をかけた走りに心を揺さぶられた。

 そして、これがライスシャワーにとって最後にゴールを駆け抜けたレースになった。

 ――大改修を経て、2年ぶりに京都競馬場へと戻ってくる天皇賞・春。2連覇を狙うタイトルホルダーが強さを見せるのか、それとも思わぬ穴馬が飛んでくるのか、ファンの興味は尽きない。

 筆者も「淀に愛され、淀に眠った」との言葉を送られた1頭の駿馬に思いを馳せながら、3200mの戦いを噛みしめたいと思う。

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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