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武豊「嘘だろう?」日本ダービー初制覇がゴール寸前で霧散…天才の夢を打ち砕いた和製“神の馬” 【競馬クロニクル 第14回】

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 かつて英国にラムタラという名馬がいた。“神の馬”とさえ称された馬だった。

 1994年のデビュー戦(リステッド)を勝つと、何と2戦目にして英ダービー(G1)に参戦。これをレコードタイムで制し、続くキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(G1)では古馬の強豪を一蹴した。

 そして同年10月に行われた凱旋門賞(G1)にも優勝して4戦4勝とすると、3歳にしてあっさりと現役を引退、種牡馬入り。のちに日本へと輸入された(そののち、再度英国へと戻る)。

 この“神の馬”になぞらえて、“和製ラムタラ”と呼ばれた馬がいる。デビューから3戦目にして無敗で日本ダービー(G1)を制したフサイチコンコルドである。

 1992年、英国のニューマーケットで開かれた繁殖牝馬のセリ市で、現ノーザンファーム代表の吉田勝己が、当時の欧州チャンピオンサイアーであったカーリアン(Caerleon)の仔を宿したバレークイーン(父Sadler’s Wells)を購買。日本に輸入し、社台ファーム早来(現ノーザンファーム)で産み落としたのがフサイチコンコルドで、彼は俗に言う“持込馬”だった。

 当時、高額馬を次々と手に入れて時代の寵児と騒がれていた関口房朗がオーナーとなり、リーディングトレーナーに4回も輝く大物調教師である小林稔の厩舎に預けられた。

 トレーナー界にあって“大人物”として知られ、豊臣秀吉の信奉者だった小林は、破天荒な人物、ヤンチャな人物を好んだ。

 少し話は逸れるが、現役時代の小林を数度ほど取材したことがある。午後の運動を見回って厩舎に戻った小林は、「ちょっと風呂に入ってくるから待っといてくれるか」と言うと数十分ほど私ら取材陣を待たせて入浴し、血色が良くなった穏やかな表情でソファにドッカとばかりに着席。「で、きょうは何の話やったかな?」とボケてから取材に入るという、ある意味“貴重な経験”をさせてもらった。大人物の一端を見た気がした。

 そういう人物だからして、ベンチャー企業を起こして一代で財を築いたオーナーの関口とは大いに気が合った。そして、小林の厩舎の裏にある境直行厩舎の所属騎手だった若き日の藤田伸二を可愛がって自厩舎の馬に積極的に乗せ、1992年のエリザベス女王杯(G1)では単勝17番人気のタケノベルベットで優勝をさらっていた。

 こうしてフサイチコンコルドをめぐる“トライアングル”が出来上がった。

 育成時代から牧場で評判になっていたフサイチコンコルドだが、ひとつ気がかりなことがあった。聞き慣れない言葉だが、“逆体温”という特異な体質を持っていたのだ。
 哺乳類はふつう夜に体温が下がり、日中に上がるが、フサイチコンコルドの体温はその真逆の動きをする。それに加えて、輸送するたびに熱発するなど、必ずしも体が強いとは言えなかった。

 そうしながらようやく漕ぎ付けた3歳1月の新馬戦。ここを快勝したフサイチコンコルドは約2カ月後のオープン特別、すみれSもしっかりとした末脚を見せて差し切り勝ち。賞金面でクラシックに出走できるだけの目途を立てた。

 しかし、彼の“逆体温”の症状は変わらず、たびたび熱発を起こしていたため、出走を予定していた皐月賞(G1)をオーナーとの話し合いを経て回避することを決定。じゅうぶんに調整して、日本ダービーに目標を定め直した。

 この年、牡馬クラシック戦線はサンデーサイレンス産駒のダンスインザダークを中心に形成されていた。弥生賞(G2)を強い競馬で制すると評価は定まり、マスコミも「ダービー(を勝つのは)はこの馬ではないか」との声が日増しに高まっていった。
 
 ところがクラシック一冠目である皐月賞の1週前に熱発。出走を断念する不運に見舞われる。

 体調が整ったダンスインザダークはダービー指定トライアルのプリンシパルS(OP)を快勝し、不安を払しょくして“本番”へと駒を進めることになった。

 一方のフサイチコンコルドだが、実はプリンシパルSに出走するため東京競馬場への輸送まで済ませていたのだが、またも熱発の症状を見せたため出走を回避。3月のすみれSから3カ月以上レース間隔を空けて日本ダービーに向かった。

 迎えた日本ダービー。単勝1番人気はもちろんダンスインザダークで、オッズは2.3倍。一方のフサイチコンコルドは7番人気のオッズ27.6倍と、なかば“忘れられた存在”になっていた。

 ダービー制覇に尋常ならざる思いを抱いていた調教師の橋口弘次郎は、ふだんあまり強気なコメントをするタイプではない。だが、このときばかりは「勝てるんじゃないかと思っている」と口にして、多くのマスコミもその見立てに同意した。

 レースは大人しく進んだ。

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 武豊が手綱をとるダンスインザダークは3~4番手の好位置を進み、フサイチコンコルドは中団の6~7番手を追走。流れは武の描いたとおりに進んでいった。直線の半ばで先頭に躍り出たダンスインザダークは後続を引き離して“ほぼ勝った”と思える状況に持ち込んだ。

 しかし、外から力強く末脚を伸ばしてくる馬がいた。フサイチコンコルドである。
 
 一完歩ごとに差を詰めると馬体を併せ、闘争心をかき立てられたフサイチコンコルドはダンスインザダークをクビ差交わしてトップでゴール。歴史的なアップセットを引き起こした。

 わずかキャリア3戦でのダービー制覇は1943年のクリフジ以来で、戦後初の快挙であった。

1996年の日本ダービー(JRA公式チャンネル)

 ゴールした直後、ダンスインザダークの武は「嘘だろう?」と口にした。橋口はあまりのショックに呆然とその場に立ち尽くしたという。

 のちに小林は、

「フサイチコンコルドは当日の朝も熱があって、けっして満足がいく状態とは言えんかった。ダービーやなかったら取消しとったかもしれんな」

 と語っている。

 その後、フサイチコンコルドはオープンのカシオペアSの2着を経て臨んだ菊花賞(G1)は、ダンスインザダークの3着に敗退。日本ダービーで苦杯を飲ませたライバルにリベンジを許した。

 そして両頭ともこのレースのあと、屈腱炎の発症を原因として現役を引退。種牡馬入りすることになった。

 そののちオーナーの関口は、1998年に行われたキーンランド・ジュライセールに上場された父ミスタープロスペクター(Mr. Prospector)の良血牡馬を400万ドル(当時のレートで約6億6000万円)で購入。フサイチペガサスと名付けられたその馬は米国3歳クラシックの最高峰、ケンタッキーダービーに優勝。関口は同レース史上初めて、アジア人の勝利馬主の栄誉に輝いた。

 調教師の小林稔は1999年に定年で引退(2009年死去)。騎手の藤田伸二は2015年、43歳にして自ら免許を取消し、現役を引退した。また、オーナーの関口房朗は徐々に競馬とは遠ざかり、馬主の世界から退いた(のちに死去していたことが分かった)。

 “和製ラムタラ”とまで呼ばれたフサイチコンコルドという存在は、一方で競馬が持つ華やかさやダイナミックさを象徴し、また一方では厳しさやもの悲しさを伝える存在であった。

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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