
「これが数日前にダービーを勝った馬か…」幻の馬の幻になったエピソード。「賞金ぜんぶ使ってもいいから、命だけは」オーナーの悲痛な叫びと当時を知る記者の話【競馬クロニクル 第19回】
みなさんは橋本邦治という人物をご存じだろうか。
橋本は1922(大正11)年に東京・浅草で生まれ、関東大震災を機に府中へ移住。競馬場で働く厩舎人たちと交流が生まれ、のちに東京高等農林学校(現・東京農工大学)を卒業して獣医師の資格を取得した。馬好きであった橋本は「馬を扱える」という一心で陸軍獣医学校へ入学したが、やがて太平洋戦争の敗戦を迎えて除隊となる。
そこからの経歴が変わっていて、のちにJRA発行の月刊『優駿』の編集長として辣腕を振るうことになる大島輝久(当時は日刊スポーツ記者)が間を取り持って、競馬記者に転身する。戦後間もない1949年から記者としての活動を本格化した。
その後、記者としてだけではなく、テレビやラジオでの解説も務め、晩年まで競馬マスコミと関わり続けた。ちなみに1991年にはエッセイ集『話のかいば』でJRA賞馬事文化賞を受賞している。
橋本はいわゆる「競馬記者の草分け」であり、同時に「日本競馬の生き字引」でもあった。同じ競馬マスコミに関わる我々にとっては“神様”に近い存在だ。
橋本は2010年に87歳で亡くなるが、その2年前、幸運にも体調が安定しているという橋本に自宅で話を聴く機会を得た。なかなか紹介される機会が少ないことなので、本稿で少し記してみたい。
まず外せないのは1951年、第18代日本ダービー馬に輝きながら、わずか17日後に破傷風で命を落としたトキノミノルにまつわるエピソードである。
父が当時のリーディングサイヤーであるセフト、母が日本を代表する小岩井牝系の血を引く第弐タイランツクヰーンという良血馬だったトキノミノル。だが、この名は競走で活躍し始めてから改名されたもので、デビュー時の名はパーフエクトだった。
その馬っぷりの良さを気にいった調教師が購買を持ちかけたのは、時代の寵児、永田雅一だった。
映画の全盛期に大映の社長となり、黒澤明監督の『羅生門』でベネチア国際映画祭グランプリ、アカデミー外国語映画賞を、溝口健二監督の『雨月物語』でベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞するなど、大成功を収めていた永田。
それに止まらず、プロ野球の世界にも進出し、経営に苦しむ不人気球団を買収。大映スターズ(のちに大映ユニオンズと改名)として派手なトレードを行うなど注目を集める。そして遂には、東京の南千住に東京スタジアムという自前の球場まで造ってしまうのだから驚くしかない(1972年に老朽化によって閉場、1974年に閉鎖)。
常に大言壮語を振りまいて世間の耳目を集めていたことから、永田の言動は「永田ラッパ」と呼ばれていたほどだった。
永田は1934年に馬主資格をとり、オークス、そして日本ダービーを制した伝説的名牝クリフジの仔ヤマイチなどを所有馬として走らせていた。
だが、永田は「パーフエクト」が新馬戦で2着に8馬身差を付けるレコードタイムで圧勝したという電話を受けるまで、彼を買ったことさえ忘れていたという。
連絡を受けた永田は、彼が並みの馬ではないことを察したため、名を「トキノミノル」に変更することを決めた。「時の実る」、夢が現実となる、実る時がやってくる。いざという時に使おうと思っていた、とっておきの馬名を彼に託したのである(ちなみに「トキノ」の冠号は、永田が敬愛した作家で、馬主でもあった菊池寛が使っていた冠号)。
トキノミノルの強さ、速さは圧倒的だった。2戦目以降のレースでも2馬身半、大差、6馬身、4馬身、4馬身(朝日杯3歳S)、3馬身、2馬身と楽勝。クラシック第一弾の皐月賞もレコードタイムを記録して2馬身差で圧勝。人気、実力ともに頂点へと向かっていった。
トキノミノルには唯一、心配なことがあった。裂蹄(ひづめが割れること)がたびたびあったのだ。
皐月賞を勝ったあと、トキノミノルの歩様が乱れ、右前肢に裂蹄を生じたことが分かった。それを庇うため、左前肢の腱にも腫れが見られるようになった。
永田は「出たら1番人気になるんだから、ファンに迷惑はかけられないだろう」と、最悪の場合は出走回避する可能性があることも示唆した。そのためもあって、連日マスコミが厩舎に押し寄せることになり、そのなかに橋本邦治もいた。
幸いにしてレース前日から肢の状態が上向いてきたトキノミノルは、断然の1番人気で日本ダービーに出走。道中は先団の後ろ目につけ、第3コーナーから押して先頭に立つと、そのまま後続を寄せ付けず、またもレコードタイムで優勝を遂げた。押し寄せる観客が柵を壊して馬場へなだれ込んだと記した資料も残っている。
レースから数日経って、トキノミノルの厩務員が異変を察知する。飼葉は食わないし、元気がないように見えると、調教師の田中和一郎に伝えた。
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