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武豊「嘘だろ…?」調教師も茫然自失の逆転劇。「神騎乗」で雪辱を果たした栄光も束の間…悲運の貴公子ダンスインザダーク【競馬クロニクル 第20回】

武豊「嘘だろ…?」調教師も茫然自失の逆転劇。「神騎乗」で雪辱を果たした栄光も束の間…悲運の貴公子ダンスインザダーク【競馬クロニクル 第20回】の画像1

 日本競馬で栄華を誇った種牡馬サンデーサイレンスを父に持ち、半兄(父トニービン)に重賞3勝のエアダブリン、全姉にオークス、エリザベス女王杯(ともにG1)を制したダンスパートナーを持つ超良血馬として1993年に生を受けたダンスインザダーク。その動向はデビュー前から注目を集めていた。

 2歳12月のデビュー戦(阪神・芝1600m)を快勝すると、次走のラジオたんぱ杯3歳S(G3、阪神・芝2000m/現・2歳S)を3着として1995年を終えた。
 
 翌年の始動戦となったきさらぎ賞(G3)をタイム差なしの2着としたあと、皐月賞トライアルの弥生賞(G2、中山・芝2000m)では、中団から差し切る強い競馬で優勝。重賞初制覇を成し遂げて、クラシックシーズンを迎えることになった。

 しかし「好事魔多し」とはよく言ったもの。皐月賞(G1、中山・芝2000m)の6日前に熱発を発症。大事をとってレースを回避するという憂き目に遭った。

 仕切り直しとなったダンスインザダークは、トライアルのプリンシパルS(OP、東京・芝2200m)を快勝。デビュー戦から手綱を取り続ける騎手の武豊、強気の言葉を滅多に口にしない調教師の橋口弘次郎の2名がともに自信満々で“本番”に臨んだ。

 迎えた日本ダービー(G1、東京・芝2400m)。ダンスインザダークは予定どおりに先団でレースを進め、直線に入ると難なく先頭に躍り出て、栄光に向かって着実に末脚を伸ばした。

 ところがそのとき、大外からただ1頭、強烈な伸び脚で猛追する馬がいた。

 ここまでキャリア2戦にすぎなかった伏兵、フサイチコンコルドだ。一完歩ごとに差を詰めると、ゴール寸前でダンスインザダークをクビ差捉えて優勝。ゴール板を過ぎたあと、武が「嘘だろ……?」と呟き、橋口は呆然自失の状態で立ち尽くしていたという。

 その後、順調に夏を越したダンスインザダークは、始動戦の京都新聞杯(G2、京都・芝2200m)を快勝。いよいよクラシック最後の一冠へ本命として臨むことになる。

 その頃、筆者が在籍した編集部ではダンスインザダークの密着リポートを記事にすることを立案。橋口にその旨を打診したところ快諾を得たため、筆者はライターのT氏とともに、栗東トレーニングセンターと東京を行き来しながら取材に駆けまわった。

 水曜日の早朝、栗東トレーニングセンターで追い切りを終え、共同記者会見を済ませた橋口を厩舎に訪ねると、いつもの柔和な笑顔で私たちを迎え入れ、「やれることは全部やった。とてもいい状態ですよ。枠(17番)だけはいただけないけど、ユタカくんなら大丈夫でしょう。あとは無事に当日を迎えてほしいと、それだけを願っています」と、自信のほどをうかがわせた。

 秋晴れの淀で迎えた三冠目の菊花賞(G1、京都・芝3000m)。ダンスインザダークは単勝オッズ2.6倍の1番人気に推されたレースに臨んだ。

 17番枠から馬なりでスタートしたダンスインザダークは、無理せず後方の9~10番手を追走。折り合いに専念してレースを進める。目の前には日本ダービーで煮え湯を飲まされたフサイチコンコルドや、ダービー馬ウイニングチケットの半弟であるロイヤルタッチが位置していた。

 淀みのない流れでレースは進み、2周目の第2コーナーから各馬が仕掛けにかかり、直線へ向く。ダンスインザダークはインの馬群に待機し、仕掛けの時を待っていた。

 しかし、ダンスインザダークは前から下がって来る馬に進路をふさがれてしまう。秋の京都はゴール付近から直線の入り口方向を見ると逆光になり、馬の位置を確認するのが難しくなる。ダンスインザダークがどこへ行ったのか橋口も一瞬見失ってしまい、「これはダメだ」と観念しかかったという。

 しかし直線の半ばごろ、馬の姿がきちんと見える状態になったとき、ダンスインザダークは前で争うロイヤルタッチとフサイチコンコルドの直後にまで迫っていた。

 武豊のまるで魔法のような騎乗だった。そこからはまさに横綱相撲。ド迫力の末脚を繰り出して前の2頭を差し切り、念願であった“最後の一冠”を手にしたのだった。

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 調教師席の近くでレースを見ていた私たちが「おめでとうございます」と声をかけると、橋口は「ありがとう。さすがタケユタカだ!」と小さく叫ぶと、満面の笑みを浮かべながら検量室の前へ駆け出していった。

 レース後、愛馬を優勝に導いた武は、
「ダービーを勝てなかったので、どうにか勝ちたいという思いで乗りました。外枠からのスタートだったので位置取りは後ろになりましたが、折り合いに専念。最終コーナーからはうまく前の馬をさばき切れずに苦労しましたが、慌てず徐々に外へ持ち出しながら進路を探したんです。馬の手応えは抜群だったので、前が空いたときに“勝てる”と思いました」
 と、その喜びを語っている。

 翌週の火曜日、あらためて橋口の取材をするため、栗東トレーニングセンターへ向かった。橋口は穏やかな口調で喜びを語っていたが、そのなかに気になる言葉があった。

「レースの夜から、ちょっと脚が熱を持っているんだけどね」

 ひと通り話を聴き終えて礼を言うと、橋口は、
「君たちが取材に来てくれていたから勝てたのかもしれない。ちょっとだけお礼をさせてほしいから、付き合ってくれませんか」
 と言うと、固辞する私たちをトレセン近くの店まで連れて行き、モツ鍋をふるまってくれた。

『ダンスインザダーク、屈腱炎で引退』

 この文字がスポーツ新聞に踊ったのは翌日のことだった。橋口が「脚が熱を持っている」と言ったのはこのことだったのである。橋口をはじめとする関係者の無念たるやいかばかりか。筆者も奥歯を噛みしめた。

 最後に、佐賀競馬で騎手を務めたことがある橋口が武について語った言葉を紹介しておく。

「僕はキツくて逃げ出したけど、佐賀で騎手の端くれだったことがある。だからユタカくんの凄さは本当によく分かる。だから中途半端な馬を武くんに頼むことはできない。失礼だと思っているからね。僕がユタカくんに乗ってくれるように頼むのは、必ず勝ち負けになると自信を持っている馬だけなんだよ」

(文中敬称略)

三好達彦

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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