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業界の大御所、有名パチプロから「ガチ説教」された過去… わずか「1号」で休刊した伝説のパチンコ雑誌を振り返る

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 演者兼社長としてパチンコ業界に携わるヒロシ・ヤング氏。そんなヤング氏が早稲田大学在学中に盟友・大崎一万発氏と知り合ったことは以前に当サイトでも述べた通りで、今回の記事は、その続きである。

 大学時代のヤング氏と大崎氏は、頻繁に学校外で顔を合わすほどの仲ではなかったそうだ。4年生の時に大崎氏から「高知新聞に決まった」と就職先を聞いたものの、次に見かけたのはテレビ画面。

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 そのテレビ番組はテレビ朝日の「プレステージ」で、当時は「パチンコ必勝ガイドがパチンコを紹介するコーナー」があり、それに大崎氏と当時の編集長・末井昭氏が出演していたそうだ。

 次に会ったのは、高田馬場にある某パチンコ店。夕方からの新装開店に向かったところ、偶然、そのホールで大崎氏と再会したという。

 当時、ヤング氏は同じく高田馬場にある某パチスロ専門店で、「ゴミクソみたいなモーニングプロ」をやっていたとのこと。モーニング台は2分の1で高設定だったそうで、それを打ち続けることで月に「17万円」ほど稼いでいたそうだ。
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 これを聞いた大崎氏は、パチンコ必勝ガイド誌面で連載中だったプロとの対談企画に参加を依頼。ヤング氏はその時に組んでいたバンドのレコードを宣伝させてくれるなら…との条件で引き受けたものの、いろいろと「尖っていた」ことから、対談相手の安田一彦プロから「めちゃくちゃ説教された」という。

 ただ、これを機にヤング氏は大崎氏から「モーニングプロをやってるなら」と、過去に自身が属していた開店プロを紹介され、所属することに。以降、3~4年ほど開店プロ生活を続けていたそうだ。

 その後に迎える転換期も成り行きで、パチンコ雑誌の黎明期を支えた人々による新雑誌「パチンコトップ」のスタッフとして誘われたことがきっかけ。パチスロ必勝ガイドの副編集長だったルーキー酒井氏もメンバーにいたそうで、その雑誌には大御所ライター・グレート巨砲氏も寄稿していたそうだ。

 だが、そうそうたる面子で作られながらも、雑誌は1号で休刊。ヤング氏は開店プロへ出戻ったのだという。

 この内容については、木村魚拓氏、沖ヒカル氏、グレート巨砲氏による「アロマティックトークinぱちタウン」で語られている。そんなヤング氏が、今度はどのようにしてパチンコ・パチスロ番組に関わるようになるのか。それはまたの機会にお伝えしよう。

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