安藤勝己さえ呆然…馬場も展開も関係なし、ベストを尽くしたライバルたちを平伏させた「リバティアイランド伝説」の幕開け
レースというわずか1、2分の「本番」で最高の結果を得るために、ジョッキーたちは日々の努力を怠らない。
騎乗馬を仕上げるための追い切りはもちろん、事前にレース展開を読み自分たちが有利になる作戦を考えたり、マークすべきライバルの出方を想像したり、何パターンものシミュレーションを練り上げてからレースに挑むことは、近代競馬の定石だ。
例えば、今年2月に騎手業を引退した福永祐一調教師が事前に自らの足でコースを歩き、馬場のコンディションを入念に確認していたことは競馬ファンの間でも有名な話だ。昨年の新人王・今村聖奈騎手なども、その周到さに感銘を受けている若手の1人である。
先日の大阪杯(G1)をジャックドールで逃げ切った武豊騎手も「今日の馬場なら(前半1000mを)59秒くらいで入りたかった」と事前に馬場を確認していたことを勝因の1つに挙げている。こういったレース以外の部分の努力が、勝利に直結するのが競馬である。
だが時として、圧倒的な力を秘めた「馬」の前では、そういった「人」の努力がいとも簡単に打ち砕かれてしまう。そして、それもまた競馬なのだ。
今年の桜花賞(G1)でリバティアイランド(牝3歳、栗東・中内田充正厩舎)が見せた走りは、まさにライバルたちが必死に用意してきた作戦をものともしない圧巻のパフォーマンスだった。
この日の阪神では、桜花賞を除いて計4つの芝のレースが行われたが、ハナを切った馬が2勝。2番手が1勝、3番手が1勝と圧倒的に前、そしてインコースを進んだ馬が有利な馬場コンディションだった。ちなみに、4コーナーを10番手以下で回った馬が馬券圏内(3着以内)に食い込んだケースは1つもなかった。
そして、今年の桜花賞は2着から9着までの8頭の内7頭が4コーナーを9番手以内で回っている。唯一、11番手から追い上げたシンリョクカは阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)2着の実力馬だったが、それでも6着が精一杯。この日の馬場コンディションが如実に表れたレースだった。
「舌を縛ったり、できることをやり切ることはできました」(3着ペリファーニア 横山武史騎手)
「ある程度時計の出る馬場でしたし、インが有利だったので思い切って積極的に力を出し切ることを考えていきました。3着馬を振り切ってくれましたが、そこから凄いのが来ました……」(2着コナコースト 鮫島克駿騎手)
コナコーストの鮫島駿騎手、ペリファーニアの横山武騎手らは、そういった馬場傾向をしっかりと把握した上で、それぞれ2番手、4番手からの競馬を試みているはずだ。G1で2、3着という結果は、彼らが騎乗以外の様々な努力も怠らない優秀なジョッキーである証に他ならない。
この2人と2頭のパフォーマンスには、JRAで1111勝を挙げた安藤勝己氏も「普通ならコナコーストとペリファーニアで決まっとる」とTwitterで称賛を送っている。
しかし、リバティアイランドは「競馬の常識」をいとも簡単に覆してしまった。
4コーナー通過順位は、ほぼ最後方の16番手。イン有利な最後の直線でも、あえて大外を選択。まるで今年の桜花賞を勝つために用意された“セオリー”を真っ向から否定するようなレース運びである。もし、これで単勝1.6倍の大本命が敗れていたなら、主戦の川田将雅騎手の騎乗には小さくはない批判が集まっていたはずだ。
「無事に届いてくれて、ホッとしています」
川田将雅騎手「凄み」に安藤勝己氏さえ呆然…
着差こそ2着馬コナコーストと3/4馬身差だったが、そこに何枚もの実力差があったことは、レースを観た多くの人々が感じ取っているはずだ。繰り出された上がり32.9秒の鬼脚には、安藤氏も「今日の馬場では考えられん上がり」と舌を巻く他なかった。
その上で絶賛されるべきは、大本命馬を勝利へ導いた川田騎手だろう。
レース後、「この位置(後方)での競馬になってしまった」と語っている通り、後方の16番手が大きなハンデであることは、昨年のリーディングジョッキーも当然理解している。だが「今日は彼女がそういう走りを自分で選択しましたので、その中で動ける準備をしてきました」とは、リバティアイランドの能力を信じ切っているような発言だ。
無論、川田騎手の中には鮫島駿騎手や横山武騎手のように、もっとクレバーに騎乗する選択肢もあったはずだ。しかし、安藤氏が「結果、次を見据えたレースにもなって」と語っている通り、それはリバティアイランドの今後にとって、ベストではなかったのだろう。
そして、何よりも「それでも勝てる」と極めて高い精度で計算できる経験と実力が、現在のジョッキー界のトップに君臨する男には十全に備わっているのだろう。今年の3歳牝馬クラシックはまだ開幕戦を終えたばかりだが、「結論」はもう出てしまっているのかもしれない。
「あとは直線、彼女を信じて動いてもらうだけでした」
そう事も無げに話す川田騎手からは、もはや凄みさえ感じさせられる。そして、そんな名手が惚れ込むリバティアイランドのような馬を、競馬ファンは畏敬の念を込めて、こう称するのだ。
「怪物――」と。
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