
ディープインパクトやキタサンブラックら栄光の陰で、勝者になれなかった馬たちに待ち受ける悲しい現実…「馬が好き」だからこそ知っておきたい引退馬問題の最前線【特別インタビュー】

SDGs(持続可能な開発目標)にダイバーシティ(多様性)、CSR(企業の社会的責任)など、ここ最近は環境問題をテーマにした用語を日常的に目にするようになった。逆に言えば、それだけ世間の環境問題に対する関心が高まっているということだ。
ただ、地球温暖化や水質汚濁の解決といった課題はずっと以前からあったものであり、多くの人々が関心を寄せるようになったのは、我々がそれだけ正しく成熟した証でもある。
そんな中、競馬という日本が世界に誇る一大エンタテインメントにも、長年放置されてしまっている課題がある。
「引退馬」の問題だ。
『Loveuma.(ラヴーマ)』というメディアサイトをご存じだろうか。
映像やグラフィックを中心としたコンテンツ制作を行う株式会社Creem Panが、昨年7月「人と馬の“今”を知り、引退馬問題を考える」というコンセプトの下に創設したLoveuma.は、引退馬問題に関する提起やアンケート、引退馬を扱う牧場のレポートなどを通じて、引退馬問題全体の前進を目指している。これまで各方面で散発的に提起されてきた引退馬問題だが、ここまで企業がしっかりと腰を据えた形で取り組むことは本当に少なかった。
引退馬問題の解決への道のりが極めて厳しいことは、競馬を知る人間なら誰もが理解している。だが、積年の課題の多くが「より正しい方向」へ進みつつある今の時代だからこそ、引退馬問題は改めて深く考え、議論されるべき課題でもあるはずだ。

ディープインパクトやキタサンブラックのような国民的スターを始め、競馬界に毎年のように新たなスターホースが登場するのは、年間7000~8000頭 もの競走馬が生産されているからだ。
その一方で、競馬は紛れもない弱肉強食の世界であり、ほぼ同数の馬たちが現役を引退している。
競走馬のセカンドキャリアと言えば、まず乗馬クラブやホースセラピーといったものが思い浮かぶだろう。だが、言うまでもなく、こういった活動ですべての引退馬に“仕事”をフォローするのは到底不可能……。
その結果、多くの馬の命が人の都合で奪われていることは紛れもない「現実」なのだ。
我々もこういった側面を含めて「競馬」であると理解はしている。だが、引退馬問題と真剣に向き合っている競馬ファンはごく少数だろう。「いつか良くなるはず」「誰かがなんとかしてくれないか」――。現状を憂いながらも、多くの人々がそう思っているはずだ。
中央競馬の主催となるJRA(日本中央競馬会)は、引退競走馬の養老・余生等を支援する事業を立ち上げ、引退競走馬の養老・余生等に関する取組みを行っている団体等に対し、活動奨励金という形で支援を行っている。しかし、根本的な解決には至っていない。
今や国民的なレジャーの一つに成長した競馬が、ずっと抱えている「闇」と、我々はどう向き合っていくべきなのか――。
Loveuma.の発起人であり、最前線を知る平林健一さんに話を伺った。
――本日は、よろしくお願いいたします。
平林健一さん(以下、平林さん):こちらこそ、よろしくお願いいたします。
――私を含め、多くの競馬ファンがずっと見て見ぬふりをしてしまっている引退馬の問題。向き合っていくのは、大変なことだと思います。まずは、平林さんがこの問題に取り込もうと思ったきっかけを教えていただけますか。
平林さん:競馬は父親の影響で見るようになりました。千葉出身なので週末は中山競馬場や大井競馬場に行ったり、子供の頃は「ダビスタ」や「ウイニングポスト」が好きな普通の競馬ファンでした。それが18か19の頃に初めてインターネットを使うようになって、そこで引退馬の問題を目の当たりにしたんです。
――普段から競馬を楽しんでいる人でも、引退馬の問題に触れる機会は多いとは言えないですね。でも、ネットで調べてみると色々な事実がわかります。
平林さん:当時の自分もレースや競馬の番組を見て、ずっと競馬のポジティブな面ばかりを見てきたので、凄くショックを受けて。「ダビスタだと、引退した馬は全部乗馬になってたじゃん」とか勝手に思っちゃって……。「なんとかしたい」と思っても、当時はまだ何もできませんでした。
その後、映像関係の会社に就職してキャリアを積んで、少し自分に余裕ができた時に改めて引退馬の問題を思い起こして制作したのが、2019年12月に劇場公開されたドキュメンタリー映画『今日もどこかで馬は生まれる』でした。
――私も拝見させていただきましたが、難しい引退馬問題に真っ正面から切り込んだ素晴らしい映画だと思います。今でもAmazonプライムやU-NEXTなどの動画配信サービスで視聴できるので、ぜひ多くのファンに観てもらいたいですね。

平林さん:ありがとうございます。『今日もどこかで馬は生まれる』は、クラウドファンディングにて210名の方から269万円の制作費支援を受けて作られた作品です。Loveuma.の運営会社でもある株式会社Creem Panが制作しました。
――今、平林さんはCreem Panの代表取締役をされている。
平林さん:そういった意味ではLoveuma.の活動の原点にもなった映画です。一人でも多くの方に観ていただくために劇場公開やDVD化などを行い、門真国際映画祭2020では優秀作品賞および大阪府知事賞を受賞することができました。
――競馬関係者に向けた上映会や、船橋競馬場内でも上映されました。
平林さん:本当にありがたい限りです。いずれは地方だけでなく、JRAの競馬場でも上映していただければと思っています。また、この映画の撮影を通して、本当に多くの競馬関係者の方々にご協力いただきました。
――映画にはコスモヴューファームなどの牧場関係者だけでなく、チューニー(オークス2着)などを手掛けた美浦の鈴木伸尋調教師らJRAの関係者も登場されています。
平林さん:『今日もどこかで馬は生まれる』の制作を通じてできたお付き合いが、今のLoveuma.の活動にも大きな力になっています。やはり引退馬問題に対して最も切実に考えられているのが現場の関係者の方々で、本当に難しい状況の中で前向きに活動を支援していただけるのは感謝の思いしかありません。
――私が最も衝撃を受けたのは、多くの競走馬が食肉になっている現状に深く切り込んでいるところ。食肉の工場で勤務されている方にインタビューしたり、工場内の映像を流すなど、制作スタッフの方々が本当に真摯に問題へ向き合っていることが伝わってきました。
平林さん:オムニバス形式の映画なので、様々な関係者の方を取材させていただきましたが、食肉工場は一番最初に取材を試みながら、実際に取材できたのは本当に最後でした。
――我々が今日、美味しいお肉を頂けているのも、こういった食肉工場の方々の技術があるからこそ。本来であれば胸を張って世間から感謝されるべき仕事だと思いますが、世間の認知が低いこともあって、あまり目立ちたくないという関係者の方々のお気持ちもわかります。
平林さん:そうなんですよね。世間では引退馬問題自体を敬遠される人もいる中で、食肉の問題はまさにブラックボックスのようなもの。おそらくは50件以上、断られたと思います。基本的にはメールで取材依頼を行っているのですが、返信さえ返ってこないことも多くて……。返ってきても、すべてお断りという内容でした。
――この問題に切り込もうと決意するだけでも大変な勇気が必要だったと思いますが、それを実現することは、さらに大変なことだと思います。
平林さん:(メールが)返ってくるだけでも、ありがたかったですね。お断りの連絡なのですが、失礼を承知で理由を聞かせていただく中で、食肉工場という特殊な環境が抱えている様々な問題がわかってきました。
――最終的には、どのようにして撮影が決まったのですか?
平林さん:全国にある食肉工場をリストアップして、活動拠点である東京から近い順にコンタクトを取って行きました。新潟県長岡市にも工場が存在することがわかり、長岡市のフィルムコミッション(地域活性化を目的として、映像作品のロケーション撮影が円滑に行われるための支援を行う公的団体)に相談したところ、撮影許可をいただくことができました。
そのフィルムコミッションが過去に製作された食肉をテーマにしたドキュメンタリー映画を知っていて、前向きに交渉していただけたようです。 テーマは違うんですけど、経営者の方が「自分たちは命を扱う尊い仕事をしているのだから、胸を張って取材を受ければいい」と協力してくださいました。
――これまで私もいくつか引退馬に携わる作品や活動などを目にする機会がありましたが『今日もどこかで馬は生まれる』ほど、深く切り込まれた作品は初めてでした。実際に映画を観た方々からも「これまで引退馬の問題はなんとなく知ってたけど、この映画を観て改めて勉強になった」「あまり引退馬のことを知る機会がないので貴重な時間」「多くの人に観てもらいたい作品」といった書き込みがたくさんありました。
平林さん:公式サイトでは約1700件のレビューを頂戴しました。こういったメッセージを見ても、競馬ファンの皆さんは引退馬の問題に高い関心があることが窺えます。ただ、まだ引退馬問題に関心があるのは熱心な競馬ファンの方だけで「もっと多くの人に、この問題を知ってもらいたい」と思っています。
――競馬ファンは皆「なんとかしたい」と感じていると思いますが、平林さんから見て「こうすればいい」というものはありますか。
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