命と引き換えに産んだ「最後の仔」  競馬の常識を覆し、”血”を伝える『女帝』エアグルーヴ

 11月1日、東京競馬場で天皇賞・秋(G1)が開催される。天皇賞・秋といえば、この馬を思い出す人も多いのではないか。

 競馬は”ブラッドスポーツ”と呼ばれ、古くから脈々と受け継いできた血統同士の、生き残りをかけた闘いともいえる。その闘いに勝ち続けた血統こそが、競馬の歴史の中心に座るわけだが……。日本には1頭、競馬における常識を幾度も覆しながら血を伝え、今もなお日本競馬の頂点に鎮座する”母馬”がいる。

 1997年、強豪の”男”馬15頭を真っ向勝負でねじ伏せ、17年ぶりに牝馬で天皇賞・秋を制した「女帝」エアグルーヴである。当時、牝馬が牡馬にG1で勝利することは極めて難しいとされていた中での快挙だった。
 
 同馬を管理した伊藤雄二調教師(当時)は、まだ赤子のエアグルーヴを初めて見た瞬間の衝撃を「この出会いだけは生涯忘れることはできないだろう。(略)調教師としての感性が、とてつもないエネルギーで突き上げられた瞬間と言っていいだろう」と、『戴冠 エアグルーヴ写真集』(イースト・プレス)にて語っている。比類なきオーラをまとったエアグルーヴは、その期待通りに優駿牝馬(オークス)、そして天皇賞を制した。2000年代後半以降に現れるウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタなど、混合G1でも主役を張るような名牝の道筋を示した”パイオニア”といえるだろう。

 抜群のレースセンスで競馬界の主役を張ったエアグルーヴは、実働3年半で引退。その後は繁殖牝馬としての道を歩むわけだが、生み出した子どもたちもまた、「女帝」の血を色濃く受け継いでいた。初子のアドマイヤグルーヴは母の勝てなかったエリザベス女王杯(G1)を連覇。その後も産駒のほとんどが重賞に顔を出した。2009年にデビューしたルーラーシップは、香港のクイーンエリザベス2世カップを勝利して海外G1制覇も達成。エアグルーヴは、子だしのよさと突出した安定性で歴代繁殖牝馬の中でも突出した成績を残した。

 しかし13年、20歳になったエアグルーヴの馬生は、唐突に終わりを迎える。人気種牡馬キングカメハメハとの間にできた仔馬を出産後、内出血を起こし、そのまま息を引き取ったのだ。繋養先のノーザンファーム代表・吉田勝己氏は、「現役時の活躍をはじめ繁殖牝馬として、まさに当牧場で一番の実績をあげた名馬で、まさにノーザンファームの歴史の中心にいた馬」と称え、競馬サークルと多くのファンがその死をなげいた。

90年代の「競馬黄金期」に確かな足跡を残したエアグルーヴ。凄まじい強さと血を伝えた伝説も、これで終わった。そう多くの人が思ったかもしれない。

 だが、この「死」が、エアグルーヴ物語の”最終章”ではなかった。15年、自身の孫にあたるアドマイヤグルーヴの子・ドゥラメンテが、皐月賞、日本ダービーの「クラシック2冠」を達成。自身の血を受け継いだ馬が今、競馬ファンの視線を最も集める存在となっている。

「ドゥラメンテはもちろん、同じく孫であるポルトドートウィユもダービーに出走しました。直仔だけでなく、孫世代にも強い影響を及ぼすエアグルーヴはやはり偉大な存在です。競走馬としても繁殖馬としてもトップを走れる馬など、片手で数えられる程度。ルーラーシップも種馬になり、骨折したドゥラメンテも来年復帰します。今後10年は、エアグルーヴの血は”安泰”といえるかもしれないですね」(競馬記者)

 現役、繁殖、そして死してなお競馬界を引っ張るエアグルーヴ。年末か年明けには、自らの命と引き換えに産み落とした最後の産駒がデビューする予定だ。その日を待ち焦がれているファンは、多いに違いない。

GJ 編集部

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