「最強牝馬世代」の裏でひっそり散った千直の桜
「今でも思い出すとつらい気持ちになるね」
昨年7月、大手競馬ポータルサイト『netkeiba.com』で連載している『太論』にて、当時の辛い心境を語った小牧太騎手。その相手とは、過去にアイビスSD(G3)で連覇を果たしたカノヤザクラである。
ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャン、牝馬最強世代として今でも語り継がれる名馬たちと同世代だったカノヤザクラ。牝馬としては史上初の同一重賞3連覇が懸かった2010年のアイビスSDで悲劇は起こってしまった。
「ゴール手前で異変が起きて。その瞬間に(故障したことが)わかったね」
コラム内でそう振り返った通り、異変に気付いた鞍上の小牧太騎手は、10着入線後にすぐさま下馬。レース後の診断で、左第1指関節を脱臼していることが判明し、予後不良となったのだ。「かわいそうなことをした」と当時の悲痛な胸の内を語っている。
12年前、悲劇のヒロインとなってしまったカノヤザクラは、まさに新潟千直のスペシャリストだった。
初めての直線競馬となった1度目のアイビスSDは2008年のこと。それまでも重賞で好走歴はあったものの勝ち切れないレースが続いているなか、「やっと自分の得意舞台を見つけた」そんな瞬間だったかもしれない。
直線競馬では有利とされている大外18番からスタートしたカノヤザクラは、道中は中団の外ラチ沿いを追走。本来であれば絶好枠を活かして外ラチに沿って伸びたかったものの、同枠のサープラスシンガーが目の前にいたため叶わず。
それでも、すぐさま内にスペースを見つけ進路を切り替えると、抜群の末脚を発揮。外ラチに頼ることなく、豪快に突き抜け重賞初制覇を飾った。1年以上勝ち星から遠ざかっていたカノヤザクラだったが、これを機に続くセントウルS(G2)も連勝。この年のサマースプリントシリーズも制覇するなど充実した4歳の夏を終える。
そして連覇がかかった2度目のアイビスSD。CBC賞(G3)からの臨戦過程は昨年と一緒だったものの、11着と大敗しているうえ当日は生憎の重馬場。それでも前年の高いパフォーマンスやまたも好枠の17番に入ったこともあって、最終的に3番人気の支持を受ける。
「これだけいいスタートが決まったのは初めて」と主戦の小牧太騎手も驚くほどの好スタートを決めると、前年とは違い前に馬を置くことなく外ラチ沿いを追走し主導権を握る。最後は内に切り込みながら抜群の伸びを見せ、ゴール前では鞍上が流す余裕をみせるほどの圧勝。千直のスペシャリストを我々競馬ファンに印象付けた。
その1年後、上述した通り3連覇がかかったアイビスSDで故障を発生し、悲劇のヒロインと化したカノヤザクラだが、元祖千直娘として覚えているファンもきっと少なくないはずだ。前走の内容や馬場を問わず、新潟の直線競馬で輝きを放つまさにそんな馬だった。
今週末に行われるアイビスSDでも、カノヤザクラのような千直娘が現れるだろうか。
(文=ハイキック熊田)
<著者プロフィール>
ウオッカ全盛期に競馬と出会い、そこからドハマり。10年かけて休日を利用して中央競馬の全ての競馬場を旅打ち達成。馬券は穴馬からの単勝・馬連で勝負。日々データ分析や情報収集を行う「馬券研究」三昧。女性扱いはからっきし下手だが、牝馬限定戦は得意?