武豊騎手「衰えゆく競馬の象徴」を競馬界はどう活かすのか。2016年はその「モデルケース」となった一年 ~2016年競馬界プレイバック2~
何故なら、それは「今年の武豊騎手」が昔のように要所要所でしっかりと存在感を発揮しているからだ。
そして、その象徴的なものが数々の積極的な海外遠征だろう。
率直に述べて、年頭の武豊騎手の状況は決して華やかなものではなかった。武豊騎手と友好関係にあるノースヒルズマネジメントの代表・前田幸治オーナーが、年明け早々にワンアンドオンリーとベルカント、3歳馬のラニによるドバイ遠征の鞍上に武豊騎手を指名。本人も快諾したが、決して勝算のある馬ではなかった。「貧乏くじを引かされた」という声もあったほどだ。
また、1月にAJCCをディサイファで制したものの、春までの重賞勝利はそれだけ。さらにはエアスピネルこそいたものの、他の3歳トップクラスは尽くC.ルメール騎手やM.デムーロ騎手といったライバルの手に渡り、クラシック制覇は現実的に難しい状況。勝ち星も伸ばせず、リーディング争いからも早々に脱落していた。
だが、そんな流れをすべて変えたのが、ラニによるUAEダービーの勝利だ。
G2であるものの日本馬がUAEダービーを勝ったのは史上初。それもラニの前評判が決して高くなかっただけに、鞍上・武豊騎手の勝負強さが大きくクローズアップされた。
さらにラニの陣営は、このままダート競馬の本馬アメリカに遠征し、ケンタッキーダービーを始めとしたクラシック参戦という壮大な計画を発表。日本の競馬ファンや関係者を大きく沸かせた。
一度好転した歯車は止まらない。ここでされに北村宏騎手が昨年12月に痛めた膝の故障を悪化させたために、昨年の菊花賞馬キタサンブラックの鞍上が空白化。その結果、北島三郎オーナーの要望もあって騎乗依頼が武豊騎手に回ってきたのだ。
このコンビによる快進撃は語るまでもないだろう。今年、武豊騎手は「JRAの重賞」となると実は6勝しかしていないが、その半分はキタサンブラックによるもの。特に天皇賞・春とジャパンCというG1の中でも大きな価値を持つ2勝も含まれており、抜群のインパクトがあった。
その一方で、かつての全盛期のように日本を代表して積極的に海外へ遠征する武豊騎手。
ラニは日本初となる米3冠を完走し9着→5着→3着と、決して参加するだけに終わらない結果を残した。そんな日本の競馬ファンにとっては”夢のような時間”の中で、武豊騎手はさらに大きなことをやってのける。