「天覧競馬」に沸いた天皇賞の興奮とルーツに迫る!過去ヘヴンリーロマンス、エイシンフラッシュ、イクイノックスが勝利【競馬クロニクル 第66回】

 100年を超える歴史の古さも含めて、今なお日本競馬の頂点として特別な重みをもち続けているのが天皇賞である。

 JRAが天皇賞のオリジンだとするのが1905(明治38)年に行われた『エンペラーズカップ』。そのあと各地の競馬場で年に10回、皇室より下賜される“盾”をかけて行われた『帝室御章典(競走)』が1937(昭和12年)にスタートし、長くその名称で歴史を刻んでいった。

 その後、太平洋アジア戦争の戦況悪化による開催中止を経て、戦後は1947(昭和22)年の春に『平和賞』の名で復活し、同年の秋からは『天皇賞』と改称。80年近く経ったいまもこの名前でファンに親しまれ続けているのはご承知のとおりだ。

古馬最高の栄誉、天皇賞のルーツに迫る

 さて、天皇賞という名前や下賜される“盾”などは、皇室と競馬のつながりを示すものだが、実際に天皇臨席のもとで天皇賞が行われたのはいつだったかご存知だろうか。

 意外なことに、はじめて天皇賞に天皇陛下が臨席する、いわゆる『天覧競馬』が行われたのは2005年の第132回天皇賞・秋(G1)の東京競馬場と、意外に近年のことだったのである。

 天皇陛下の行幸(もしくは夫妻での行幸啓)を賜るのは長くJRAの悲願だった。

 1987(昭和62)年には、当時皇太子であった昭仁陛下、皇后美智子妃殿下(現上皇、上皇后)が天皇賞・秋を台覧したことはあったが、天皇・皇后両陛下が臨席したことはなかった。

 実はその願いが実現しかかったことがあった。それは2004(平成16)年の天皇賞・秋だったのだが、レースの1週間前に新潟県中越地震が発生。被害者への配慮などから急遽、取り止めという憂き目に遭っていた。

 そうした背景もあったことから、いよいよ実現することになる行幸啓にJRAは様々なもてなしをもって天皇・皇后となった昭仁殿下、美智子妃殿下を迎えた。

 東京競馬場内にある競馬博物館では『エンペラーズカップ100年記念 栄光の天皇賞展』を催し、両陛下の訪問を受けた。またレース前には本馬場で宮内庁主馬班による伝統馬術『母衣引(ほろひき)』などが披露され、府中の杜は“天覧競馬”らしい祝祭ムードに包まれた。

ヘヴンリーロマンス、エイシンフラッシュ、イクイノックスが勝利

 メモリアル60スタンドのバルコニーで“お手振り”する両陛下の姿がターフビジョンに映し出され、詰め掛けた約10万5000人にも及ぶ競馬ファンから大きな歓声が上がるなかでスタートした第132回天皇賞・秋。レースはゼンノロブロイ、ハーツクライ、リンカーン、スイープトウショウ、タップダンスシチーら名だたる古馬のトップホースたちが顔をそろえて争われたが、1000mの通過ラップが62秒4という超スローペースで究極の上がり勝負となり、ゼンノロブロイ、ダンスインザムードとの激しい競り合いを制したのは、札幌記念(G2)を制しながらほとんどのマスコミにスルーされていた単勝14番人気(オッズ75.8倍)の5歳牝馬、ヘヴンリーロマンス。1番枠からスタートし、道中も内ラチぴったりを回ると、直線でも内をすくって抜け出すというまったくロスのない松永幹夫の好騎乗もあっての金星。ハレの日の東京競馬場は特大のアップセットで大揺れに揺れた。

 G1レースの勝ち馬は第1コーナーの方角から引き揚げてくるのがデフォルトだが、この日のヘヴンリーロマンスはゴール後、向正面に向けて流すと、ぐるりとコースを一周してホームストレッチへと戻ってきた。そして馬場の半ばでヘヴンリーロマンスを止めてスタンド方向に正対させると、ヘルメットをとった鞍上の松永は深々と一礼。ターフビジョンには松永とヘヴンリーロマンスに拍手を送る両陛下の画像が映し出される。そのだんになってようやく目の前の出来事に気付いた多くのファンからも拍手とどよめきが沸き起こった。日本の競馬史に残るドラマティックなシーンだった。

 それから7年後、2012年にも明仁陛下、美智子妃殿下が再び行幸啓し、第146回天皇賞・秋を観戦した際には、優勝馬エイシンフラッシュに騎乗したミルコ・デムーロがスタンド前で馬を止めただけではなく、感激のあまりヘルメットを脱いで下馬し、馬場にひざまずいて最敬礼する“ハプニング”があった。というのも、競馬運営のルールである『競馬施行規定』では、騎乗馬が故障した場合を除いて、コース内で下馬することは許されていなったためである。しかしこのときはデムーロに罰が科されることはなく、口頭での注意にとどめるという粋な計らいがあった。

 そして2023年の第168回天皇賞・秋の際には、天皇徳仁陛下、皇后雅子妃殿下が東京競馬場へ行幸啓し、競馬博物館で企画展『競馬法100周年記念特別展 伝統の天皇賞~日本競馬のあゆみとともに~』を訪問した。このときの優勝馬はイクイノックスで、手綱をとったクリストフ・ルメールは馬上で両陛下に向かって最敬礼。ここでもファンから盛んな拍手と歓声をもって祝福を受けた。

 “天覧競馬”によってレースの内容が変わるわけではない。しかし筆者の体験からしても、競馬場が曰く言い難い祝祭ムードに包まれることは間違いない。機会があれば多くのファンに体験してみてほしいと思う。

※文中敬称略

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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