JRA武豊「サイレンススズカが背中を押してくれた」世論を吹き飛ばしたスペシャルウィークの大外一気! 1999年天皇賞・秋(G1)【観戦記】
その時、世論は真っ二つに分かれていた。
「スペシャルウィークは終わったのか、それとも……」
スペシャルウィークは大種牡馬サンデーサイレンスの血を引き、武豊騎手に初のダービージョッキーの勲章を獲得させた名馬だ。サイレンススズカやディープインパクトと並び平成を代表する一頭である。
同馬はとにかく堅実な馬だった。デビューから4歳の宝塚記念(G1)まで13戦し、すべて3着以内の好成績。3歳時は日本ダービー(G1)を勝利し、菊花賞(G1)2着、皐月賞(G1)3着。古馬になってもAJCC(G2)、阪神大賞典(G2)、天皇賞・春(G1)を連勝。グラスワンダーと一騎打ちになった宝塚記念は相手の豪脚に屈したが、それでも2着を確保し、3着のステイゴールドには7馬身の差をつけた。それだけに秋の主役はスペシャルウィークと誰もが感じていた。
しかし、あろうことか秋の始動戦となった京都大賞典(G2)でまさかの7着に敗退。3着を外すどころか掲示板を外す大敗に、多くのファンが驚かされた。そして「宝塚記念で燃え尽きた」「早熟だったかも」そんな声が聞かれるようになったのである。
京都大賞典で敗退し、陣営は天皇賞・秋に向けて慎重に調整していたが、調教でも格下馬に遅れ、武豊騎手や管理する白井寿昭調教師も不安なコメントを残すなど万全とは言えない状態であった。
「結局スペシャルウィークは買いか、消しか」
筆者の職場でも白熱の議論は前日まで続いた。そして筆者を含めた5人の結論は分かれた。自分を含めた3人が同期の二冠馬セイウンスカイ、穴党のN君は逃げ馬クリスザブレイヴ、そしてO君だけがスペシャルウィークに振り込まれたばかりの給料を投じることを決めたのである。
しかしレース当日、O君が真っ青になる。スペシャルウィークの馬体重が、なんとマイナス16kgだったのである。デビュー以来、初めてとなる2桁の体重減。京都大賞典の敗退も重なり、誰もが調整ミスを感じていた。その結果、デビューから前走まで1、2番人気以外に支持されたことがなかったスペシャルウィークは4番人気の評価に甘んじていた。
この年の天皇賞・秋は豪華メンバーが顔を揃えた。
1番人気は皐月賞と菊花賞の二冠馬で、横山典弘騎手が騎乗するセイウンスカイ、2番人気は京都大賞典でスペシャルウィークに勝利した藤田伸二騎手のツルマルツヨシ、3番人気は天皇賞・春2着のメジロブライト。そして安田記念(G1)でグラスワンダーに勝利したエアジハード、同世代のライバル・キングヘイロー、前年の天皇賞・秋2着ステイゴールド、大阪杯(当時G2)優勝馬サイレントハンター、オールカマー(G2)優勝馬ホッカイルソー、4連勝中の快速逃げ馬クリスザブレイヴなど、まさに海千山千の強豪が揃っていた。
レースは我らの本命馬セイウンスカイがゲート入りを嫌がり、場内がどよめく。覆面を被せて何とかゲートに入ると、ようやくゲートが開いた。N君の本命クリスザブレイヴは逃げることができず、同じ逃げ馬のアンブラスモアが飛び出す。鞍上は後に調教師としてゴールドシップやソダシを管理する須貝尚介騎手。2番手にサクラナミキオーが付け、差がなくサイレントハンターも続く。前半1000mはなんと58秒0で通過。スタートして3ハロン目が10秒8というハイラップで、逃げ先行馬は総崩れの展開だった。
スペシャルウィークはスタートから後方に控え14番手を追走。1月のAJCC以降は好位からの競馬で連勝していただけに、この位置取りを見たO君は絶望的な表情だ。おそらく多くのファンも同じ感情だったに違いない。
しかし、第4コーナーを回り大外に持ち出すと、まさに次元の違う走りを見せる。上がり34秒5の豪脚を繰り出し、並みいる強豪をまとめて差し切ったのだ。上がり2位の脚を使ったのは35秒0でセイウンスカイだったように、いかにスペシャルウィークの脚が圧倒的だったかわかるだろう。
まさしく宝塚記念と京都大賞典の鬱憤を晴らす快勝。あれだけレース前に悲観的だった世論を吹き飛ばす、文句の付けようのない大外一気であった。勝ち時計はレコードタイムの1分58秒0、そしてタマモクロスに続く史上2頭目となる天皇賞春秋連覇となった。
レース後の武豊騎手は前年の天皇賞・秋で競走中止、予後不良となったサイレンススズカに触れ、
「まるでサイレンススズカが背中を押してくれたようでした」
とコメントしている。武豊騎手にとっても感慨深いレースだったのだ。
そしてレース後のO君は泣いていた。手元にあった購入額1万円の単勝も、157倍の万馬券となった馬連も見事的中していた。3歳時からスペシャルウィークを追いかけ、そして信じ切っていたからこそ得られた感動であり、5着に敗退したセイウンスカイの馬券を握りしめていた敗者の我々には得ることができない感情であっただろう。
この勝利で復活したスペシャルウィークは、次走のジャパンC(G1)も勝利し、引退レースとなった有馬記念(G1)はグラスワンダーやテイエムオペラオーと歴史的な接戦を演じる。残念ながらその有馬記念は、鞍上の武豊騎手が勝利と勘違いしてウイニングランをするほどの僅差で敗退したが、まさしく記憶に残る名馬であった。
この1999年の天皇賞・秋は、大人気ゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)で知られるスペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローの同世代3強が揃って出走しており、今思い出しても感慨深い面がある。
今年はスペシャルウィークの血を引くエフフォーリアが出走する。鞍上の横山武史騎手は菊花賞をタイトルホルダーで勝利して勢いに乗っており、非常に心強い。果たしてどんな結末が待っているのだろうか。今からレースが楽しみでならない。
(文=仙谷コウタ)
<著者プロフィール>
初競馬は父親に連れていかれた大井競馬。学生時代から東京競馬場に通い、最初に的中させた重賞はセンゴクシルバーが勝ったダイヤモンドS(G3)。卒業後は出版社のアルバイトを経て競馬雑誌の編集、編集長も歴任。その後テレビやラジオの競馬番組制作にも携わり、多くの人脈を構築する。今はフリーで活動する傍ら、雑誌時代の分析力と人脈を活かし独自の視点でレースの分析を行っている。座右の銘は「万馬券以外は元返し」。