JRAエリザベス女王杯(G1)時を超え、矢作厩舎ブリーダーズC制覇へ続く伝説の一戦。2018年リスグラシュー【観戦記】

 ラヴズオンリーユーマルシュロレーヌが、アメリカ競馬の最高峰ブリーダーズCフィリー&メアターフ(G1)とブリーダーズCディスタフ(G1)を勝利し、日本競馬史に残る快挙を達成した。その偉業を成し遂げた矢作芳人調教師と厩舎スタッフ、そして川田将雅騎手とO.マーフィー騎手を心から讃えたい。

 それにしても矢作厩舎の勢いは凄まじい。昨年はコントレイルで無敗のクラシック三冠を達成するなど、とにかくビッグレースに強い。海外のG1レースもこれで5勝となっており、次はまだ日本調教馬が勝利していない凱旋門賞(G1)制覇を目指してほしいところだ。

 これまでの矢作厩舎を見ていると、調子を落とした馬を立て直すことや、管理馬の新たな適性や可能性を見出すことに長けている印象がある。それはまさに矢作調教師の相馬眼、そして厩舎力そのものといっていいだろう。

 特にラヴズオンリーユーのブリーダーズCフィリー&メアターフ制覇に大きく影響したと思われるのが、2018年にエリザベス女王杯(G1)を制したリスグラシューだ。

 リスグラシューはノーザンファームで生産され、キャロットファームで総額3000万円とお手頃価格で募集された馬。父はハーツクライで、デビュー前から評判の素質馬であった。

 前年で敗退したエリザベス女王杯(G1)を目指し、鞍上に初騎乗ながら外国人トップジョッキーのJ.モレイラ騎手を確保。モレイラはJRAでの累計成績が驚異的で、なんと勝率は32.9%、連対率49.6%、複勝率59.9%という破格の実績を誇っていた。

 しかし、リスグラシューは前年のエリザベス女王杯は過去最低着順の8着に敗退しており、誰もがモレイラをもってしても勝つことに疑問を感じていたのである。

 さらにこの年のエリザベス女王杯は、前年の覇者モズカッチャン、C.ルメール騎手が騎乗する3歳馬ノームコア、レッドジェノヴァ、クロコスミア、カンタービレなど強敵が揃っていたこともあり、リスグラシューは3番人気の評価となっていた。

 レースは逃げ宣言のクロコスミアがマイペースで飛ばし、前半1000mは61秒4と落ち着いた流れになる。リスグラシューは中団から後方よりに位置し、ちょうどモズカッチャンをマークする絶好の位置を確保。バックストレッチの坂に入っても各馬は動かず、有力馬もじっと直線を待つような位置取りだった。

 そして4コーナーを回ったところで有力馬が一気に動き出す。しかし余裕をもって4コーナーを回ったクロコスミアも余力を残しており、直線半ばまで先頭を譲らない。そんな時、馬場の4分どころを一気に抜けてきたのがリスグラシューだった。

 モレイラの剛腕に導かれ、上がり最速の豪脚を繰り出すと、残り50mあたりで先頭に立ち、そのまま後続も寄せ付けずフィニッシュ。初G1制覇を成し遂げたのだ。まさに会心の騎乗であっただろう。レース後のモレイラは何度も手を握りしめ、勝利を噛み締めているようにも思えた。

 誰もが感じていた距離の不安をものともせず、初G1制覇を成し遂げた。多くのファンやマスコミは「モレイラマジック!」と鞍上を讃えたが、やはり矢作厩舎の力によるところが大きいだろう。

 その後の同馬の活躍は皆様もご存じの通り。翌年には宝塚記念(G1)、オーストラリアのコックスプレート(G1)を連勝、そして暮れの有馬記念(G1)では、牝馬として史上初めて春秋グランプリ制覇の偉業も成し遂げた。特に有馬記念は2着サートゥルナーリアに0.8秒もの差、そしてアーモンドアイとの女王対決を制する完璧な勝利であった。

 4歳10月まであと一歩足りないシルバーコレクターであったリスグラシューが、なぜいきなり覚醒を見せたのか。それはやはり矢作調教師の指導力、そして矢作厩舎のチームワークによるものだろう。

 エリザベス女王杯前は「マイルの方が実績があるのだからマイルCSへ向かうべき」といった声もあったが、矢作調教師は同馬の可能性を見出してエリザベス女王杯に挑戦させ、見事大輪の花を咲かせた。そしてこの勝利が翌年の宝塚記念~コックスプレート~有馬記念のG1レース3連勝という偉業に繋がっていくのである。

 そしてその経験は、そのままラヴズオンリーユーにも活かされているはずだ。

 ラヴズオンリーユーもデビューから4連勝でオークスを制したが、その後1年以上未勝利が続き、限界説も浮上していたほど。しかし矢作厩舎のスタッフは同馬を立て直すと、今年は2月の京都記念(G2)で復活の勝利を果たし、4月には香港のクイーンエリザベス2世カップ(G1)を勝利。そして11月にはブリーダーズCフィリー&メアターフを勝利したのだ。

 これらはすべてリスグラシューの活躍に通じるものがあり、やはりリスグラシューの経験があったからこそラヴズオンリーユーの復活があったと思える。

 今週のエリザベス女王杯には秋華賞(G1)を勝利したアカイトリノムスメ、大阪杯(G1)を勝利したレイパパレの2強対決に注目が集まっているが、3番手以降はかなりの混戦模様。その中には、ラヴズオンリーユーの親戚でもあるテルツェットや、リスグラシューの背中を知る武豊騎手鞍上のデゼルなどが出走する。

 もしかしたらリスグラシューのように、このエリザベス女王杯を境に一変するような馬が出てくるかもしれない。そんな瞬間に出会えることを期待し、レースを見守りたい。

(文=仙谷コウタ)

<著者プロフィール>
初競馬は父親に連れていかれた大井競馬。学生時代から東京競馬場に通い、最初に的中させた重賞はセンゴクシルバーが勝ったダイヤモンドS(G3)。卒業後は出版社のアルバイトを経て競馬雑誌の編集、編集長も歴任。その後テレビやラジオの競馬番組制作にも携わり、多くの人脈を構築する。今はフリーで活動する傍ら、雑誌時代の分析力と人脈を活かし独自の視点でレースの分析を行っている。座右の銘は「万馬券以外は元返し」。

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