天皇賞・春(G1)武豊さえ脇役……和田竜二VS横山和生「違和感」の正体。「人と馬」テイエムオペラオーとナリタトップロード、リーディング22位と76位が創った時代
今週末で第165回を迎える天皇賞だが、今年の天皇賞・春(G1)は例年とは「少し異なるムード」が漂っている。
2年前の覇者フィエールマンや、昨年の覇者ワールドプレミアらがターフを去ったことで、これといった主役がいないこともあるが、それ以上に多くの競馬ファンが得も言えぬ違和感を抱いているのは、有力馬に騎乗する騎手の面々に対してだろう。
最有力視されている昨年の2着馬ディープボンドの主戦・和田竜二騎手は、今年ここまで18勝を挙げ、現在リーディング23位。前回G1を勝ったのは2018年の宝塚記念(G1)まで遡る。それも約17年ぶりの美酒だった。
一方、2番人気が予想される昨年の菊花賞馬タイトルホルダーの鞍上・横山和生騎手に至っては、ここまでG1勝利がない。本馬の菊花賞制覇は弟の横山武史騎手が成し遂げたものであり、昨年の有馬記念(G1)でエフフォーリアに騎乗したため、譲り受けるような形で菊花賞馬の鞍上が兄に巡ってきた感は否めない。
今以上に”異常”だったテイエムオペラオーの時代
そんな両者が最高峰のタイトルの1つ天皇賞・春の中心にいるのだから、言葉を選ばなければ、これは“珍事”と言わざるを得ないだろう。昨今の競馬界は、それだけ結果に対してシビアであり、ジョッキーたちの格差は年々広がる一方だ。
実際に昨年のG1を振り返っても、横山武騎手の活躍が大きく取り上げられた一方、他のG1レースはC.ルメール騎手、川田将雅騎手、福永祐一騎手といったリーディング常連が大半を勝利している。
今年はルメール騎手がここまでJRAの重賞未勝利の上、昨年大ブレイクした横山武騎手がスランプに陥るイレギュラーな上半期だ。だが、それでも悲願のG1初制覇を飾った丸田恭介騎手を除けば、福永騎手や川田騎手、昨年ソダシでブレイクした吉田隼人騎手が“順当”にビッグタイトルを手にしている。
それだけ昨今のG1レースは、他のジョッキーたちにとって極めて狭き門であり、「上手い騎手」が「強い馬」に乗ることが徹底されている時代である。だからこそ、今週の天皇賞・春における「和田竜二VS横山和生」に多くの競馬ファンが、どこか落ち着かない違和感を持つのだ。
ただ、和田竜騎手の「歴史」を紐解くと、過去にもこういった時代があったことを覚えているファンもいるはずだ。
今から22年前の2000年は、後に「世紀末覇王」と称されるテイエムオペラオーが古馬王道路線のG1を総なめにし、空前絶後のグランドスラムを達成した年である。
その主戦が、まさに若き和田竜騎手だった。
若手ジョッキーの大ブレイクというと、先述した昨年の横山武騎手が記憶に新しいが、本騎手は一昨年に史上最年少で関東リーディングを獲得するなど、すでにブレイクの兆しがあった。
一方、当時の和田竜騎手は年間41勝でリーディング22位。仮に年間8勝を挙げたテイエムオペラオーがいなければ、もっと目立たない存在だった。さらに、その最大のライバルとなるメイショウドトウの安田康彦騎手はリーディング59位、ナリタトップロードに騎乗していた渡辺薫彦騎手に至ってはリーディング76位……。
ジョッキーの確固たる“カースト”が存在する昨今の競馬を知るファンには、にわかに信じられないかもしれないが、とにもかくにもこの3人が古馬G1戦線の中心にいたのが20世紀末という時代である。
結果至上主義か、結果よりも「人」を育ててこそか
だが、当時の競馬界が決してヌルかったわけではない。全盛期真っ只中にいた武豊騎手を筆頭に、レジェンド岡部幸雄騎手や安藤勝己騎手も健在。調教師になった蛯名正義騎手や四位洋文騎手、今では競馬界のご意見番に定着した藤田伸二騎手など、リーディング常連には錚々たるメンバーがおり、彼らが重賞を勝ちまくっていた時代でもあるのだ。
そういった中で、このような“珍事”が発生したのは決して偶然ではない。その背景には、結果至上主義か、結果よりも「人」を育ててこそか、新旧の競馬における価値観のせめぎ合いがあった。
「オーナーのお考えがそうなのであれば仕方ありません……。ですが、その時は馬を引き上げてもらうことになります」
世紀末覇王がグランドスラムを達成する1年前の1999年11月。オーナーにそう言い放ったのは、和田竜騎手の師匠であり、その年の皐月賞馬テイエムオペラオーを管理する岩元市三調教師だった。
4連勝で一躍皐月賞馬になったテイエムオペラオーだったが、二冠の懸かった日本ダービー(G1)で武豊騎手のアドマイヤベガの前に敗れると、そこから3連敗……。
菊花賞で3強の一角ナリタトップロードの戴冠を許した今、若干21歳だった和田竜騎手の騎乗に対して、テイエム軍団の総帥・竹園正繼オーナーの限界が来るのも無理はなかった。特に上がり最速を記録しながらも2着に敗れた菊花賞は、脚を余したようにも見えたのだ。
だが、岩元調教師は譲らなかった。自身も騎手として日本ダービーを勝利した名手だったが、師匠の布施正調教師が我慢強く育ててくれた結果でもあった。そんな岩元調教師にとって、和田竜騎手は初めての弟子。本来、調教師にとって馬を預けてくれるオーナーに意見することはリスクしかないが、それでも譲らなかった。
竹園オーナーは、今でも様々なジョッキーにチャンスを与える義理堅い人物として知られている。まさに背水の陣を敷いた岩元調教師の熱意に折れる形で、和田竜騎手の続投を認めたが、単勝1.1倍に推された次走のステイヤーズS(G2)でも、まさかの敗戦……。
だが、それでも我慢した結果が、翌年の前人未到のグランドスラムに繋がるのである。テイエムオペラオーは史上最高賞金を稼いだ馬として、キタサンブラックが現れるまでの約15年間、その座を守り続けることになる。
ちなみに和田竜騎手のキャリアハイは、2017年の年間96勝である。トップジョッキーの証でもある年間100勝の大台まであと少しだったが、本騎手は勝負どころの下半期に、有力馬の騎乗を断ってでも岩元厩舎の馬に優先して騎乗している。
翌年2月に定年を迎える師匠の通算500勝をなんとか達成させたかったからだ。デビュー当初から「心が曇るようなことは、絶対にするな」と師匠に教えらえた和田竜騎手とは、そういう人物である。
一方、ナリタトップロードの主戦を務めた渡辺騎手と師匠の沖芳夫調教師の師弟関係も、また深いものがあった。
厩舎で厩務員をしていた渡辺騎手の父から「預かってほしい」と話があったことがきっかけで弟子を取ることにした沖調教師だが、ナリタトップロードがきさらぎ賞(G3)を勝ち、渡辺騎手と共に人馬初の重賞制覇を飾った際は泣いて喜んでいる。
また、ナリタトップロードが日本ダービーで2着に敗れた際は、マスコミや関係者から渡辺騎手の騎乗が批判された面もあったが、沖調教師は「よく乗ってくれた」と庇った。その際、渡辺騎手はその場で号泣し、泣き崩れたという。
そんなテイエムオペラオーとナリタトップロードの、そして和田竜騎手と渡辺騎手との時代から約20年。先述した通り、タイトルホルダーの乗り替わりは弟から兄であり、ディープボンドの“ノースヒルズ”が誇る代表産駒は「キズナ(絆)」だ。
今年の天皇賞・春の裏側にも、やはり今なお残る「人情」が感じられるのは筆者だけだろうか。
(文=浅井宗次郎)
<著者プロフィール>
1980年生まれ。大手スポーツ新聞社勤務を経て、フリーライターとして独立。コパノのDr.コパ、ニシノ・セイウンの西山茂行氏、DMMバヌーシーの野本巧事業統括、パチンコライターの木村魚拓、シンガーソングライターの桃井はるこ、Mリーガーの多井隆晴、萩原聖人、二階堂亜樹、佐々木寿人など競馬・麻雀を中心に著名人のインタビュー多数。おもな編集著書「全速力 多井隆晴(サイゾー出版)」(敬称略)