JRAディープインパクト、ナリタブライアン、オルフェーヴルに「続けなかった」“愚弟”たち。オンファイア、ビワタケヒデ、リヤンドファミユ…偉大な兄の背を追いかけた弟たちの記憶
10日、小倉競馬場で行われた2R・3歳未勝利を1番人気のサンセットクラウド(牡3歳、栗東・矢作芳人厩舎)が勝利。史上3頭目の無敗三冠を成し遂げたコントレイルの全弟が、デビュー9戦目で待望の初勝利を挙げた。
2歳の時にはマイラーと評され、3歳の菊花賞(G1)ではクビ差まで追い詰められるなど、常に距離との闘いを強いられていた兄のコントレイル。しかし、その弟が挙げた初勝利は意外にも芝2600mという長丁場だった。キャリア最長となる2400mに挑戦した前走で2着に好走し、今回もスタミナ勝負を押し切った印象だ。
超良血馬による待望の初勝利とあって、3000mで行われる秋の菊花賞を含め、ネット上のファンからはSNSなどで早くも将来に期待するコメントが飛び交っている。だが、川田将雅騎手が「何とか勝ち上がってくれました」と話した通り、レースはアタマ差の辛勝。現状は長い目で見守った方がいいのかもしれない。
それでも「三冠馬の兄弟」というプレッシャーを背負っての1勝には、他の馬にはない感慨深さがある。そこで今回はサンセットクラウドのように、三冠馬を全兄弟に持った弟たちを紹介したい。
リヤンドファミユ(池江泰寿厩舎)
一瞬、ついに日本競馬の悲願を達成したかとさえ思えた全兄オルフェーヴルの凱旋門賞(G1)での走りは、日本中の競馬ファンを熱狂させた。次走のジャパンC(G1)では不利もあって、牝馬三冠馬ジェンティルドンナにまさかの敗戦を喫したが、その2週後にデビューを迎えたのが、リヤンドファミユである。
三冠馬の全弟、さらには同じく全兄にはG1を3勝したドリームジャーニーもいる超良血馬。川田騎手の鞍上で迎えたデビュー戦は、単勝1.6倍に支持された。
しかし、結果はハナ差の2着。普通の馬なら上々のデビュー戦と言えるが、この時点で偉大な兄の背中が大きく遠ざかったことはやむを得ないか。次走から兄の主戦・池添謙一騎手とのコンビを結成し、未勝利→若駒S(OP)を連勝。期待の高さもあって一躍クラシック候補に名を連ねたが、骨折のアクシデントに見舞われて約1年の休養を余儀なくされる。その後も自己条件を勝ち上がって、重賞にも挑戦するなど息の長い活躍を見せた。
リヤンドファミユが再び注目を集めたのは、引退後だった。サラブレッドオークションで馬主グループに引き取られ、種牡馬入りに向けたクラウドファンディングが発足。残念ながら目標額には到達しなかったものの、アロースタッドで種牡馬入りすることに成功した。兄の背中は最後まで遠かったが、偉大過ぎた兄と比較されながらも多くのファンに愛された1頭と言えるだろう。
オンファイア(藤沢和雄厩舎)
オンファイアがデビュー戦を迎えた2005年10月16日、競馬界は……いや、世間は全兄ディープインパクトのフィーバーに揺れていた。競馬の第一人者・武豊騎手を背にデビューから怒涛の6連勝。伝説の皇帝シンボリルドルフに続く史上2頭目の無敗の三冠馬誕生へ、最終関門となる菊花賞が1週間後に迫っていたのだ。
そんな、まさにお祭り騒ぎの中でデビュー戦を迎えたオンファイアだったが、実は関係者のトーンはそこまで高いわけではなかった。それは秋華賞(G1)当日の裏開催ということもあって、鞍上に大物ジョッキーではなく、厩舎所属の北村宏司騎手を配したことから伝わるかもしれない。
それでも単勝1.4倍に支持されたオンファイアは、兄のように後方から上がり3ハロン最速の末脚で追い上げたものの3着。こちらも普通の馬なら上々の結果だが、やはり一部のファンからは厳しい目で見られてしまった。
その後、未勝利戦を単勝1.2倍に応えて3馬身差で完勝。横山典弘騎手を迎えた東京スポーツ杯2歳S(当時G3)では、2番人気の支持を集めたが3着に敗れている。
ただし、前を走っていたのは後の2歳王者フサイチリシャールと、翌年のクラシックで二冠を達成するメイショウサムソン。オンファイア自身、兄のような主役ではなくとも十分にクラシック出走を狙える素質馬だっただけに、後日になって判明した右前脚の屈腱炎が返す返すも痛かった。
そのまま引退となったオンファイアは血統を買われて種牡馬入り。やはり偉大な兄の背は遠かったが、それでも産駒のウキヨノカゼが重賞を3勝するなど、良血馬の片鱗を見せている。
ビワタケヒデ(松田博資厩舎)
最後に挙げたいのが、1994年の三冠馬ナリタブライアンの全弟ビワタケヒデだ。兄にはナリタブライアンだけでなく、G1を3勝したビワハヤヒデもいただけに、こちらも超良血と言える存在だった。
それでも武豊騎手を背に迎えたデビュー戦で3番人気に留まったのは、ナリタブライアン以降の姉ビワカレン、ビワビーナスといったところが期待ハズレに終わってしまっていたからだろう。待望の全弟であったが、追い切りで目立った動きがあったわけでもなく、ファンも半信半疑だった。
武豊騎手とのコンビで結果が出ない中、3戦目から藤田伸二騎手との新コンビを結成。2歳12月に待望の初勝利を挙げたものの1400mと、クラシックとはあまり縁のない距離だった。
それでも陣営がクラシックを目指して再び距離を延長したのは、やはり超良血馬を預かった責任や期待によるものだろう。だが、皐月賞トライアルの弥生賞(G2)で12着に大敗するなど、結局クラシック出走は叶わず。2勝目が2500mというところも陣営の悪戦苦闘の様が伝わってくる。
ビワタケヒデがデビュー戦以来の注目を集めたのは、2勝目を挙げた勢いで挑んだラジオたんぱ賞(G3、現・ラジオNIKKEI賞)だった。
過去にはダービー馬の出走を禁じるルールがあるなど、昔から「残念ダービー」と言われている本競走を、2頭のクラシックホースを兄に持つビワタケヒデが制したのも何かの縁だろうか。
すでに皐月賞も日本ダービー(ともにG1)も終わっていたが、それでも兄2頭が制したラスト一冠・菊花賞へ、ファンの期待が大きく高まったのは言うまでもないだろう。次走の小倉記念(G3)では古馬初挑戦にもかかわらず、単勝1.7倍という圧倒的な人気に支持されている。
だが、ビワタケヒデはここで3着に敗れると、その後に脚部不安を発症。そのまま引退となってしまった。兄のビワハヤヒデが奥手の馬だっただけに、その後の活躍が期待された1頭だったのは間違いないだろう。
今回は全兄に三冠馬を持つ弟3頭を挙げたが、いずれも大きな重圧の中でそれぞれの個性を発揮した“名馬”だった。同じ血統でも兄とは異なった特徴を持つ馬も多く、アクシデントによって志半ばでターフを去った馬も珍しくない。
この日、待望の初勝利を挙げたサンセットクラウドは、今後も常にコントレイルの全弟として注目され続けるだろうが、この時期の未勝利戦を勝ち上がった意味は大きい。自らの運命を切り開いた勝利と言えるだろう。
今後は1頭の競走馬としてどんな走りを見せてくれるのか。例え愚弟という声が聞こえて来ようとも、この日の走りと同様じっくりとマイペースを守り、一歩でも偉大な兄に近づけることを期待したい。
(文=銀シャリ松岡)
<著者プロフィール>
天下一品と唐揚げ好きのこってりアラフォー世代。ジェニュインの皐月賞を見てから競馬にのめり込むという、ごく少数からの共感しか得られない地味な経歴を持つ。福山雅治と誕生日が同じというネタで、合コンで滑ったこと多数。良い物は良い、ダメなものはダメと切り込むGJに共感。好きな騎手は当然、松岡正海。