小倉に残った「伝説」に立役者・松山弘平の人柄。小倉2歳S(G3)ロンドンプランの“プラン変更”の裏側

松山弘平騎手 撮影:Ruriko.I

「1番のロンドンプランが大きく出遅れてしまいました」

 レースを観ていた誰もがスタート早々「終わった」と思ったのではないだろうか。もしかしたら、鞍上の松山弘平騎手でさえ敗戦を覚悟したかもしれない。

 毎年、2歳のスピード自慢たちが集う小倉2歳S(G3)は、一瞬の判断の遅れやアクシデントが即致命傷となる芝1200mのレースだ。ましてやロンドンプラン(牡2歳、栗東・宮本博厩舎)は、スタート前に蹄鉄が外れてしまい打ち直すアクシデントがあった馬だ。

「時間が遅れてしまって、他馬にも迷惑をかけてしまいました」と松山騎手が振り返ったように、打ち直しの影響でレースの発走が遅れることとなったが、最も影響があったのは当事者の本馬だろう。

「馬もそこ(蹄鉄の打ち直し)で苦しがるようなところがあって、その分ゲート入りでも苦しがって、(スタートを)出なくなってしまいました」

 鞍上の言葉通り、案の定1頭だけ大きく出遅れてしまったロンドンプラン。絵に描いたような踏んだり蹴ったりであり、仮に言葉をかけるなら「今日は運がなかった。次、頑張ろう」といったところだろうか。

 それくらい、スタートからコンマ数秒後のロンドンプランは絶望的な状況にあった。

 前半600mを通過した際も、最後方でポツンと1頭……集団の最後尾からも4、5馬身は遅れていたロンドンプラン。同じ小倉芝1200mのデビュー戦でも追走に苦労している様子だったが、この日の通過タイムは33.2秒。すでに松山騎手の手が動いていたが、前との差が詰まる気配はほぼなかった。

「すごい末脚を使ってくれて、馬が非常に強かったと思います」

祖父のディープインパクトさえ彷彿とさせるような切れ味

 だが、ここからロンドンプランは、今年で第42回を迎えた小倉2歳Sの歴史に残るようなパフォーマンスを見せる。ようやくエンジンに火が付いたのか3、4コーナーで猛然と追い上げると、集団の最後尾に並びかけて最後の直線へ。

 そこからの末脚は、まさに父グレーターロンドン……いや、祖父のディープインパクトさえ彷彿とさせるような切れ味だった。外からライバルたちを一息に飲み込むと、最後は先に抜け出したバレリーナに3/4馬身差をつけて重賞初制覇。小倉競馬場がえも言われぬどよめきに包まれたことは言うまでもないだろう。

「戦前、宮本調教師が『操縦性の高さを活かせれば』とロンドンプランの器用さに期待を寄せていたのですが、いざ蓋を開けてみれば、ずいぶん大胆で大味なレースになりましたね。まさに“プラン”変更といったところでしょうか(笑)。まさか勝つなんてまったく思っていませんでしたし、正直、笑うしかないくらいの強さでした。

後方からいい脚で追い上げた3着シルフィードレーヴの上がり3ハロンが(メンバー2位の)34.2秒でしたが、ロンドンプランの上がり3ハロンは33.1秒。小倉の1200mでこんな勝ち方、見たことないですよ」(競馬記者)

 ロンドンプランのパフォーマンスに度肝を抜かれたのは記者だけではないようだ。レース後、ネット上の競馬ファンもSNSや掲示板を通じて「やべえ」「あんなの見たことない」「えぐい」などといった声が殺到し、あっという間にトレンド1位に。夏競馬の締めくくりは、まさに衝撃的な結末だった。

 その一方で、もう1人の記者は「鞍上のファインプレーも見逃せない」と話す。

「ロンドンプランのド派手なパフォーマンスが注目を集めたレースでしたが、陰の主役は鞍上の松山騎手ではないでしょうか。蹄鉄の打ち替えを含め、あれだけのアクシデントがあって勝負所になっても最後方なら、その時点で無理をしない……言葉を選ばなければ諦める騎手もいると思います。

そんな中で松山騎手は、道中の追走から最後まで必死に追っただけでなく、注目したいのは最後の直線での進路取りです。

小回りの小倉ですし、最後尾なら本来はロスなく内々を回ってインを突きたいところ。しかし、松山騎手はきっちり馬場の良い外に持ち出していましたし、だからこそロンドンプランの末脚の爆発があったんだと思います。致命的なビハインドでもレースを投げなかった騎手のファインプレーですよ」(別の記者)

 記者が語る通り、最終コーナーを回ったロンドンプランには内を突く選択肢もあった。しかし、この日は開幕最終日。内の馬場は目に見えて傷んでおり、実際にインを選択したゴーツウキリシマとアウクソーは、最下位とブービーに沈んでいる。

「まだ精神面の弱さはありますけど、距離が延びても大丈夫だと思います。乗り味もいいですし、まだまだ良くなる馬だと思います」

 勝利騎手インタビューでそう語った松山騎手といえば、幸英明騎手と並んでJRAを代表する騎乗数の多い騎手であり、実際に昨年の年間891回は第1位。478回だったリーディング2位の川田将雅騎手の倍近い騎乗数だ。

 これだけたくさんのレースに騎乗できるのは松山騎手のタフさも然ることながら、1頭1頭丁寧に対応し、多くの関係者から信頼を得ているからだろう。この日、松山騎手は夏の小倉リーディングとなった。ロンドンプランの末脚はまさに秀逸の一言だったが、それを引き出した騎手の技も心構えもまた見事だった。

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