JRA「日本ダービー故障馬」続出の怪……キンカメ「死のダービー」で想起する「高速馬場の代償」説
この不名誉な呼称が付いているのは、キングカメハメハが制した2004年の日本ダービーだ。このときの同馬の勝ち時計は2分23秒3。これまでのレコードタイムを2秒も縮め、当時のレースレコードを樹立した。
14年ぶりにレコードを塗り替えるという偉業を成し遂げたキングカメハメハだったが、その代償は大きく、その後は秋に1走したものの右前浅屈腱炎を発症していたことが発覚し、引退。
そしてキングカメハメハ以外にも、3着ハイアーゲームは調子を落とし青葉賞を勝利したころの輝きを失ってしまい、4着キョウワスプレンダ、11着フォーカルポイント、12着コスモサンビーム、13着マイネルデュプレが故障で長期休養入り。さらに16着マイネルマクロスは屈腱炎で引退という憂き目にあい、マイネルブルックは左前脚の脱臼により競走を中止、予後不良になった。
「キングカメハメハに塗り替えられるまでは、90年に記録されたアイネスフウジンの2:25.3がレコードでした。しかし、04年のダービーでは10着に入った馬までもがこの記録を上回るタイムでゴールしています。このキングカメハメハの記録が誕生した一因は、前年に改修された東京競馬場の馬場が高速に仕上げられたためと見る人も多いです」(競馬誌ライター)
この年以降、良馬場で行われるダービーでは2:24~23秒台での決着は珍しいことではなくなり、東京競馬場の芝コースは「時計が速い」と言われるようになっていった。そしてこの高速馬場がキングカメハメハ制覇の年に故障する馬が続出した遠因と考えている人もいるようだ。