JRA春惨敗ピクシーナイト「仕様変更」の決め手は福永祐一!? 大舞台で頼りなかった過去から一変、パートナーの適性を見抜いた「金言」アドバイス
秋のG1戦線開幕を告げるスプリンターズS(G1)を制したのは、福永祐一騎手がコンビを組んだピクシーナイト(牡3、栗東・音無秀孝厩舎)。G1初挑戦となったNHKマイルCでは12着に惨敗したが、秋には元々の素質を高く評価していた福永騎手ですら驚くほどの成長。スプリンターとして生まれ変わった秋に大輪の花を咲かせた。
かつての12月開催だった頃は、3歳馬の健闘も珍しくはなかったものの、施行時期が秋の中山開催最終週に繰り上げられてからは苦戦が続いていた。2007年アストンマーチャン以来、14年ぶりとなる3歳馬の勝利だった。
父のモーリスは4歳に本格化し、芝のマイルから2000mのG1で6勝を挙げた晩成タイプ。一足早く3歳秋にG1馬となったピクシーナイトにも、今後のスプリント路線を引っ張っていく存在となるだろう。
種牡馬となった父に産駒初のG1タイトルをプレゼントしたピクシーナイトだが、そのレースぶりには目を見張るものがあった。
フルゲート16頭立てで行われた中山の芝1200m戦。2枠4番の絶好枠から好発を決めたピクシーナイトは、馬場のいい内側をロスなく走れたことも大きかった。終始、楽な手応えで先行すると、直線はあっさり突き抜け出しての楽勝。着差のつきにくいスプリントG1で、2着馬につけたのは2馬身という明確なもの。まだ3歳という点からも、今後どれだけの馬になるのか非常に楽しみである。
音無厩舎でピクシーナイトを担当する蛭田助手は、かつてヴィクトリー、現在ではアリストテレスなど数多くの良血馬に携わっている腕利き。本人も『今まで担当してきた中でも1番かもしれません。馬っぷりは凄いし、筋肉量も豊富。稽古もかなり動きますからね』と、話していたことからもピクシーナイトへの評価はすこぶる高かった。
ただ、蛭田助手は『こんなに早くG1を勝てたのは福永騎手の存在が大きかったです』と語っているように、主戦騎手への感謝も忘れていない。
「デビュー前から期待はされていたピクシーナイトですが、当初は皐月賞(G1)なんて話もあったくらい。そんな中で福永騎手は不服ながらも、シンザン記念(G3)を『逃げてくれ』という陣営のリクエストで勝った訳です。
勝つには勝ちましたが、『こういう競馬をした以上は距離を持たせる事は難しくなったし、元々、馬体の作りからしても短距離色が強いから、早めに短い距離を使って競馬の形を作り直した方がいい』と、陣営にアドバイスしたそうですよ」(競馬記者)
マイル重賞を制したことにより、陣営はピクシーナイトの目標をNHKマイルCにするも12着に大敗。結果的に福永騎手が危惧した通り、距離が持たなかった。
そこで牧場や厩舎サイドは、福永騎手の進言通りに早めにスプリンターへの“仕様変更”を決断。勝利こそできなかったが、芝1200mに転戦したピクシーナイトは、CBC賞(G3)からセントウルS(G2)で勝ち負けを演じる適応力を見せた。最終的に大舞台で見事に実を結んだ裏には、福永騎手のアドバイスが大きかったといえる。
陣営がこれほど早いタイミングで、騎手のアドバイスを反映させたのは、近年の福永騎手がしっかりと結果を残しているからに他ならない。仮に同じことを他の騎手が伝えたとしても、ここまで信頼されたかは疑問だ。
若手の頃には大舞台で詰めの甘さを指摘されるなど、苦しい時期も経験してきたが、現在では勝てなかったダービーすら連覇するほどの名手に変貌を遂げた福永騎手。これまで培った自身の経験を基に意見やアドバイスをしているだけに、説得力があるということだろう。
(文=高城陽)
<著者プロフィール>
大手新聞社勤務を経て、競馬雑誌に寄稿するなどフリーで活動。縁あって編集部所属のライターに。週末だけを楽しみに生きている競馬優先主義。好きな馬は1992年の二冠馬ミホノブルボン。馬券は単複派で人気薄の逃げ馬から穴馬券を狙うのが好き。脚を余して負けるよりは直線で「そのまま!」と叫びたい。