スプリンターズS(G1)「引退レース優勝おめでとう」から呆然…JRA関係者も予期していなかった「まさか」のラストラン
10月2日、中山競馬場で秋のG1シリーズ初戦・スプリンターズS(G1)が行われる。
「電撃の6ハロン戦」として、数々の名勝負が繰り広げられてきたこのレース。歴代の優勝馬の中で記憶に残る馬を聞かれたら、先月亡くなってしまったタイキシャトルの名前を挙げる人も多いだろう。
タイキシャトルといえば、ジャック・ル・マロワ賞で海外G1を優勝するなど、引退レースのスプリンターズS前までG1・5戦全勝、短距離界における絶対王者だった。引退した同年には短距馬としては史上初のJRA年度代表馬に選ばれ、まさに「完全無欠のヒーロー」という言葉にふさわしい馬だった。
そのタイキシャトルのラストランとなった1998年のスプリンターズSで、日本の競馬史上一番と言っていいほど「空気読めよ!」となった勝ち馬をご存知だろうか。
マイネルラヴ。名種牡馬シーキングザゴールド産駒の4歳(現在の表記で3歳)牡馬だ。
このレースは前述のようにタイキシャトルの引退レースであり、誰もがその有終の美を信じて疑わなかった。単勝1.1倍の圧倒的人気が何よりの証拠である。タイキシャトルにとって他の馬は「眼中にない」といっても過言ではなかった。
ゲートが開くとタイキシャトルはいつも通り前目、絶好の位置でレースを進め、マイネルラヴは中団やや後ろで大本命馬に睨みをきかせていた。4コーナーでタイキシャトルが先頭に立つと、マイネルラヴも負けじと続く。
直線は壮絶な叩き合いとなった。マイネルラヴが先に抜け出すがタイキシャトルが必死に食らいつき、まるで2頭のマッチレース。並びかけても並ばせない、意地のぶつかり合いでゴール板が近付く。そして…
「お前かよ!」10番のゼッケンが先頭でゴール板を通過した瞬間、誰もがそう思っただろう。マイネルラヴが「勝っちゃった」のだ。
タイキシャトルは外から猛然と追い込んできたシーキングザパールにも差されてしまい、まさかの3着。観客席は怒号や悲鳴など、さまざまな感情で溢れかえる、異様な空気となっていた。
レース後の引退式では、ターフビジョンにタイキシャトルの全成績が映し出され「スプリンターズS:1着」と表示されるハプニングもあった。元々用意していたであろう「引退レース優勝おめでとう」の文字まで準備されており、JRA関係者でさえ「勝って当然」と思い込んでいたラストランだったのだ。
「まさかのタイミング」で秘めた能力が“爆発した”マイネルラヴ
マイネルラヴは元々デビュー前から評判が高かった。何せビッグレッドファームグループの「総帥」としておなじみの故・岡田繁幸氏が大きな期待をかけた馬である。新馬戦はこの馬の能力に恐れ慄いた他陣営が次々と出走を見送り、ギリギリ5頭立てでレースが成立したほどで、結果は2着に5馬身差を付ける圧勝だった。
しかし、その後はレース中の度重なるトラブルや転厩、天候不良による苦手な馬場でのレースなど不運が相次ぎ、高い潜在能力を発揮できているとは言い難いものだった。そのような経緯もあり、スプリンターズSは単勝7番人気と低評価。
だが、まさかのタイミングで秘めた能力が“爆発してしまった”のだ。
結局、大舞台で輝きを放ったのはスプリンターズSだけだったが、秘めた能力は産駒に受け継がれ、マイネルハーティー(ニュージーランドT・G2)やゲットフルマークス(京王杯2歳S・G2)など重賞ウイナーを輩出した。
「国民的英雄」と呼べる活躍で競馬ファンを熱狂させてくれたタイキシャトルと、それを見事に破ったマイネルラヴ。2012年にはマイネルラヴが既に亡くなっており、2頭は天国で再会し壮絶な叩き合いの続きを楽しんでいることだろう。