「競馬+馬術」が開いた新たなスタイル。女王ウオッカ撃破などヴィクトリアマイルと相性抜群の藤原英昭厩舎【競馬クロニクル 第8回】

 調教師の経歴が変わり始めたのは1990年あたりからのことである。
 
 それまでは引退した騎手が調教師に転じるケースや、調教師の子息が跡を継ぐのが経歴面での主流だったが、ある頃から大学の馬術部を経て調教助手になり、そのあと現場で経験を積みながら調教師を目指した人が目立つようになった。

 そして2023年のいまでは、馬術経験を持つ調教師が相当数にのぼり、目覚ましい活躍を見せている。

 現役調教師から、主な大学馬術部出身者を挙げてみる(下記のG1レース勝利数はJRAのみ)。

 アーモンドアイなどを管理した国枝栄調教師(東京農工大学/G1レース21勝)。
 日本ダービー3勝を誇る友道康夫調教師(大阪府立大学/G1レース17勝)。
 菊花賞馬アサクサキングスなどを管理した大久保龍志調教師(京都産業大学/G1レース3勝)。
 宝塚記念を制したマリアライトなどを育てた久保田貴士調教師(明治大学/G1レース2勝)。
 二冠牝馬のスターズオンアースを管理している高柳瑞樹調教師(明治大学/G1レース2勝)。
 ホープフルSの勝ち馬ドゥラエレーデを擁する池添学調教師(明治大学/G1レース1勝)。
 昨年の安田記念を制したソングラインを管理している林徹調教師(東京大学/G1レース1勝)。
 
 いまや「枚挙の暇さえない」という状況である。

 そのなかでも大きくクローズアップしたいのが、エイシンフラッシュ(2010年)とシャフリヤール(2021年)で日本ダービーを制するなど、G1レースを11勝している藤原英昭調教師である。

 父が厩務員だったこともあって騎手を目指していたが、その夢が叶わなかった藤原さんはすぐに頭を切り替えて、目標を調教師に定め直す。

「その世界で成功するためには、大学に行って勉学をしっかりやって、馬乗りの技術も徹底的に鍛えようと決めて」(サンケイスポーツより)同志社大学へ進学。馬術部で活躍し、卒業後の1989年にJRA競馬学校厩務員課程を経て、栗東トレセンの星川薫厩舎に調教助手として入った。

 そして2000年、調教師試験に合格。翌2001年の3月に定年で引退した星川薫さんの厩舎を引き継ぐかたちで自らの厩舎を開業した。

 ここから藤原調教師の地道なチャレンジが始まる。日々の調教に馬術の方法論を取り入れながら馬を育てていく。それが藤原調教師の新たな挑戦だった。

 たとえば、角馬場で入念に馬の体をほぐしてから馬場で追うこと。歩様が悪い馬に対しては、馬術の調教技術をもって正しい歩き方を教え込む。そういうベーシックな工夫を積み上げながら、新しい“馬づくり”に取り組んでいったのである。

 地道な積み重ねであるため、結果がすぐに出たわけではない。勝ち鞍は年間20~30勝台で推移していたし、G2、G3の勝利はいくつもあったが、G1に手が届くまでには相当の時間を要した。

 時間と手間をかけたスタッフの努力の積み重ねによって、2007年にJRA賞最高勝率調教師のタイトルを得た藤原英昭厩舎。そしてビッグレースで結果を出したのは2008年、エイジアンウインズで臨んだヴィクトリアマイルだった。

 このレースで圧倒的な1番人気に推されたのは、最強女王の名をほしいがままにしていたウオッカで、オッズは2.1倍。対するエイジアンウインズは前走の阪神牝馬S(G2)でようやく重賞初勝利を挙げたばかりであるため、5番人気でオッズは13.4倍と、両頭の支持率には大きな差があった。

 しかし、ここで彼女は大仕事をやってのける。

 先行集団の後ろ目につけたエイジアンウインズは直線半ばから爆発的な末脚を披露。馬群を割るように伸びると、インで粘り込みをはかるブルーメンブラットを捉え、外から伸びてきたウオッカを抑え込んで優勝。藤原厩舎へついにG1タイトルをもたらしたのだった。

 その後の藤原調教師の活躍はご存じのとおり。JRA賞最高勝率調教師を3度受賞したほか、2018年には58勝を挙げて、ついにJRA賞最多勝利、いわゆる「リーディングトレーナー」の座に輝いた。

 管理馬からは、エイシンフラッシュ、シャフリヤールというダービー馬2頭をはじめ、サクセスブロッケン、トーセンラー、ストレイトガール、エポカドーロなどのG1ホースを輩出。馬術の経験を持つスタッフを多く雇い入れて厩舎のカラーを確立し、いまや栗東トレセンを代表する名門厩舎となった。

 藤原調教師とヴィクトリアマイルのつながりは深い。

 前記のエイジアンウインズのほか、ストレイトガールで2015年、2016年に連覇を達成している。本レース3勝というのは、もちろん最多記録である。

 ことしのヴィクトリアマイルには、サブライムアンセムとルージュスティリアの2頭を参戦させる藤原調教師。スターズオンアース、ソダシ、ソングラインという強豪が顔を揃えているだけに勝利を手にするのはかなりの難事だろう。しかし、それでも幾分かの期待を抱かせてくれるのが名門の名門たる所以でもある。

 ことしのヴィクトリアマイルも、藤原厩舎の「競馬+馬術」という方法論が生み出すケミストリーを楽しみにしている。

三好達彦

1962年生まれ。ライター&編集者。旅行誌、婦人誌の編集部を経たのち、競馬好きが高じてJRA発行の競馬総合月刊誌『優駿』の編集スタッフに加わり、約20年間携わった。偏愛した馬はオグリキャップ、ホクトヘリオス、テイエムオペラオー。サッカー観戦も趣味で、FC東京のファンでもある。

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