【日本ダービー特別再寄稿】その瞬間、競馬は「古き良き時代」を取り戻した。夢を繋いだ日本ダービー馬「絆(キズナ)」の物語<後編>
2013年5月26日、第80回日本ダービー。日本競馬が「古き良き時代」を取り戻した日
「成績が悪い時も変わらず応援してくれた、前田(幸治)代表の悲願を叶えたい」と強い気持ちで挑んだ2013年5月26日、第80回日本ダービー。キズナと武豊は、前哨戦となった皐月賞を経由していないにもかかわらず1番人気で迎えた。
2番人気が皐月賞を勝ったロゴタイプ。3番人気はキズナがラジオNIKKEI杯2歳Sで後塵を拝したエピファネイア。それに4番人気の未完の大器コディーノ。ここまでが5番人気以下の単勝を大きく引き離し、これらにキズナを加えた”4強”というのが大方の見方であった。
レースはロゴタイプが先行し、エピファネイアとコディーノが中団。武とキズナはスタート直後から位置取りを下げ、後方から直線に懸ける競馬を試みた。
最後の直線で各馬が横一線に広がる中、キズナは一度行き場を失いかけたが、武が上手く外へ出して進路を確保すると末脚が爆発。先行集団をゴボウ抜きし、最後は粘りこみを図るエピファネイアを捉えて優勝した。
「僕は帰ってきました!」
全盛期を彷彿とさせる鮮やかな、そして美しい手綱さばきに東京競馬場が震えた。約14万人の万雷の拍手と”ユタカコール”に包まれて、王者・武豊はその相応しき舞台への凱旋を高らかに告げた。
レース後の検量室前、最後にやってきたキズナと武を、その場にいた人々が大きな拍手で迎えた。ついに悲願を叶えてもらった前田は「ありがとう」と武と力強く握手を交わし、調教師の佐々木晶三は「この勝利を佐藤哲三騎手に伝えたい」と感無量。
ファンが一体となって「ユタカコール」を合唱し、大勢のマスコミが武を取り囲みフラッシュを炊き続ける……武だけでなく、競馬そのものが”古き良き時代”を取り戻したと感じられる瞬間だった。
武にとってキズナの父、ディープインパクト以来8年ぶり5度目の日本ダービー制覇。ちなみにディープインパクトとのダービー制覇の際に2着だったのが、佐々木が管理したインティライミと、その鞍上・佐藤だった。これもまた運命なのかもしれない。
そして、キズナが日本ダービーを勝利したことで開けた夢があった。キズナの世界最高峰のフランス凱旋門賞(G1)への挑戦である。
前田は「凱旋門賞ももちろん武騎手で」と宣言すれば、武も「ディープインパクトで負けて以来、ずっと『ディープの仔で』と思ってきた。キズナを世界一の馬にしたい」と力強く抱負を語った。
日本の頂点に立ったチーム・キズナの夢が、今度は世界の頂点に向けて走り出した――。
それから3年後の5月「世代の頂点」から「世界の頂点」を目指したキズナは、志半ばでターフを去り、その夢は子供たちへと引き継がれようとしている。
一方の武は、やはり前田所有のラニとのコンビで、今度はケンタッキーダービー(G1)を始めとするアメリカクラシック挑戦の真っただ中だ。
そして、今週末にも武にとってはキズナ以来となる勝利を目指して「史上最強レベル」と謳われている日本ダービーを戦うことになっている。
サラブレッドが乗せるのは「人」だけではない。数多くの人々の「夢」を乗せて走るからこそ、血のドラマは受け継がれ続け、競馬は永遠に色褪せないのだ。(了)